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五十嵐太二(いがらしたいじ)
ケニア・ナイロビ大学大学院中退。日本写真芸術専門学校卒業。現在、同校講師。写真家樋口健二氏に師事。撮影テーマは「アフリカの美」。
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自然のなかに入って行動するには、
自分は写真が向いていると思った。
初めてカメラを手にしたのは小学生のころでした。北海道の実家のすぐそばがオホーツク海で、そこに沈む夕日を家にあったカメラでよく撮っていました。また、一歩町を出ると手付かずの自然がそっくり残っていて、探検と称しては誰も行ったことのないような場所を求めて出掛けたものです。
中学に入ると親にテントと双眼鏡とカメラを買ってもらいました。これで自分の好きな場所に自由に行くことが出来ると思いました。そこでキャンプし、双眼鏡で野鳥や風景を観察し、写真を撮るのです。それは私にとっていわば「三種の神器」のような存在でした。
広々とした北海道で育ったせいか、今でも私はなにもない雄大な空間が大好きです。
アメリカの大学で人類学を学んだあと、アフリカ・ケニヤの大学院に進みましたが、それも子供のころから持ち続けた広大な自然に対する憧れがあったせいなのかもしれません。大学院では探検部に入り、辺境と言われるような場所を訪れる機会に多く恵まれました。
写真もますます撮るようになりました。ある日、キリマンジャロの麓で水場に向かうシマウマの群れを撮影していたとき、群れの中の一頭が茂みに隠れていた私に気付き、目と目が合ったのです。そこは周りに私以外誰もいない場所だったこともあり、野生の世界に直に触れることができたような、記憶に残る貴重な一瞬となりました。
カメラがあったからこそ、そんな体験ができたのです。当時まだアマチュアでしたが、自然の中に入って行動するには自分には写真が向いていると強く感じ、このとき初めて真剣に写真を学ぼうと思いました。ケニアに来て5年が経っていました。
それでいったんアフリカから帰国し、働きながら夜間の写真学校に通いました。当時私は36歳、クラスで最年長のひとりでした。
卒業しても写真家としてやってゆけるかどうか不安でしたが、自分には「キリマンジャロを撮る」という明確な目標がありましたので、卒業と同時にフィルム1000本を持ち再びアフリカに向かいました。
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| 新しいデジタル映像への挑戦。デジタル一眼レフカメラEシリーズに採用されたフォーサーズシステム。それはオリンパスが、デジタルの高画質で新しい感動を創造するために、世界に提唱したデジタル専用の新規格。企業理念“Your
Vision, Our Future - 夢を創り、実現する力”を、映像の分野でも具現化していくために。 |
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