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いろんな人たちとのコラボレーション。その楽しさから僕の写真は生まれる。―ブルース・オズボーン
Bruce Osborn(ブルース・オズボーン) Bruce Osborn
(ブルース・オズボーン)

1980年来日。広告写真、音楽CD、インターネットムービーなど多岐に活躍。親子の日提唱者でもある。(株)オゾン代表。
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24年前、ふたつの偶然が重なって
はじめて「親子」の企画が生まれた。


僕は南カリフォルニア生まれで、大学生のときに経済学や政治学、社会学などいろいろ学んでみたんですが、結局好きなアートの道を選びました。これもさらに油絵と写真、どちらも好きだったんで悩みましたけど、人とコラボレーションできるという点で写真の道に進んだのです。

絵はひとりで描くけど、写真は被写体である相手がいて、アートディレクターやスタイリストなどスタッフもいて、相互のコミュニケーションが必要になってきますね。そんな対人関係のコラボレーションが、エキサイティングで楽しいし大好きなんです。

アメリカではその後、写真の専門大学で技術的なことを学び、音楽関係の専門誌をメインにフリーランスで仕事をしました。
日本人の妻とはその頃知り合って結婚したんですが、1980年に写真展開催で来日したのを機に、いくつかビジネスの話が舞い込んで日本で仕事をするようになったのです。

「親子」をテーマに写真を撮るようになったきっかけは、いまから24年前、たまたま雑誌社からパンクの若者を撮影してみないかという依頼があったときです。
パンクの親の顔を見てみたい、違った面も見てみたいと思って、「親子」で撮ることを提案しました。自分もそのころ親になるから余計興味があったんです。結果、親子の関係や母親のパワフルさが見えて面白い作品になりました。このふたつの偶然が重ならなければ「親子」の企画は生まれなかったでしょうね。

それ以来ずっと「親子」の写真を撮り続けてきましたが、次第にそれだけじゃなく、もっとみんなで一緒に「親子」を考える“きっかけ”づくりができないだろうかと思ったんですね。
妻とあれこれ話をした結果、「母の日」や「父の日」があるんだから「親子の日」があってもいいね、ということで、2003年に初めて「親子の日」の撮影イベントをスタジオを借りてやってみたんです。
そして「母の日」が5月の第2日曜日、「父の日」が6月の第3日曜日なら、「親子の日」は7月の第4日曜日にしようって。日程を決めたのも7月の第4日曜日ぎりぎりだったものだから、撮影直前に新聞で公募したり電話をしたりなど、1回目はほとんどゲリラ的でした。





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※こちらはパノラマ写真の一部になります。

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