パラ・アルペンスキーに挑むアスリートたちを見つめて 薬師 洋行

インタビュー:2017年11月8日/公開日:2018年1月19日

薬師 洋行 Hiroyuki Yakushi

スポーツ写真家。1969年にアルペンスキー・ワールドカップを初めて取材した後、オリンピック、世界選手権など世界トップクラスの競技会でアルペンスキーの撮影を続ける。1972年の札幌オリンピックで組織委員会公式カメラマンを務めた後、2014年ソチまで12回の冬季オリンピックを取材。2012年、長年にわたる功績をたたえられ、FIS(国際スキー連盟)から『FISジャーナリストアワード』が贈られた。

信じられないようなバランス感覚とスピード感

パラ・アルペンスキーは、身体に障がいを持つアスリートが雪山の急斜面に作られたコースをスキーで滑り降りる競技です。スポーツ写真家・薬師洋行氏は長年にわたって健常者のアルペンスキーを撮影してきましたが、ここ数年は熱意をもってパラ・アルペンスキーの撮影にも取り組んでおられます。パラ・アルペンスキーの何に惹きつけられるのか、お話をうかがいました。

編集委員

まずはパラ・アルペンスキーの撮影を始めたいきさつから教えていただけますか。

薬師

以前から関心はあったのですが、健常者のアルペンスキー大会と日程が重なってしまうこともあって、なかなか撮影できませんでした。撮影するきっかけになったのは、知り合いが日本障害者スキー連盟の理事になったことです。その方からの依頼もあって、3年前に『ジャパンパラアルペンスキー競技大会』を撮影しました。

編集委員

パラ・アルペンスキーはカテゴリーが複雑で分かりにくいのですが、基本的な仕組みについて教えてください。

薬師

種目には、『ダウンヒル』『スーパーG』『ジャイアントスラローム』『スラローム』、そしてスーパーGとスラロームを組み合わせた『スーパーコンバインド』があります。各種目で『スタンディング』『シッティング』『ビジュアリーインペアード』という3つのカテゴリーに分かれて競技を行います。

スタンディングは立った状態で滑ります。選手によっては片足で滑ったり、両足で滑ってもストックを持たなかったりします。シッティングは、『チェアスキー』と呼ばれる競技用具を使って、座った状態で滑ります。ビジュアリーインペアードでは、視覚障がいのある選手が『ガイド』と呼ばれるスキーヤーと一緒に滑ります。

編集委員

はじめてパラ・アルペンスキーを見たとき、どんなふうにお感じになりましたか。

薬師

撮影に行くまでは健常者のアルペンスキーとどんな違いがあるのか、漠然としかイメージできなかったのですが、実際にその姿を見て驚きました。普通スキーをするときは、両足にスキーを履いて両手でバランスを取ればいいわけですが、身体に障がいがある方の場合、そういうわけにはいきません。バランスが取りづらいなか、信じられないような高いレベルで競技する姿に感動を覚えました。

地上50センチでの圧倒的なスピード感

編集委員

作品を見せていただいて、その迫力に圧倒されました。

薬師

チェアスキーのスピード感はすごいです。健常者の場合、目線の高さは150~160センチくらいですが、チェアスキーに座ると100センチくらいになる。斜面で身体を倒すと、雪面から50センチないだろうと思います。その高さで見る景色の流れは、ものすごいだろうと思います。

急斜面を時速60キロ、70キロのスピードで下り、コブのある所では空中にジャンプします。立っていても先が見えないようなところもあって、座った状態だとますます先がわからない。そこに突っ込んでいくわけですから、すごい勇気です。

しかも、チェアスキーのスキー板は1本しかありません。スキー板の幅は10センチくらいです。普通の人ならバランスを取ってゆっくり進むことさえ難しい。本当に超人的だと思います。

編集委員

スタンディングのクラスで、片足で滑る選手の写真がありました。こちらも信じられないバランス感覚ですね。

薬師

僕も実際にスキーをするのですが、片足で滑るなんて考えられないです。かつて健常者のアルペンスキーの名選手だった人が、「この千数百メートルのコースをよく片足で滑れるなあ」と言っていましたが、本当にその通りだと思います。

編集委員

ビジュアリーインペアードのカテゴリーも想像を超えたものがあります。

薬師

先にガイドの人が滑って、声で先導します。ガイドはマイクを付けていて、選手のレシーバーに声が届きます。適切な距離を保っていないと、ターンのタイミングを伝えても場所がずれてしまう。だから、ガイドにも相当な力量が求められます。

スタッフとともにチーム一丸となって戦う


2017年の世界選手権に出場した選手とコーチ、トレーナー、サービスマン

編集委員

当初は1人のアスリートに焦点を当てることも考えていたのが、次第にチーム全体をテーマにするようになったそうですね。

薬師

パラ・アルペンスキーを見て分かってきたのは、これはチームとしてのサポートがなければ成り立たない世界ではないかということです。たとえば、選手がスキー場に行くとしても、1人では困難なシーンがたくさん出てきます。国内だったら自分の車で移動もできますが、ヨーロッパに行って自分が運転できる仕様の車を見つけられるのか。もちろん、ホテルもバリアフリーでなければなりません。それらをクリアしても、チェアスキーはどうやって移動させるのか…。そんなことを考えると、チームとしてサポートする体制がないと難しいのです。僕は日本チームを撮影させてもらっていますが、大会となると選手と同じかそれ以上のスタッフが同行しています。

編集委員

スタッフの方はいろいろな役割を果たされているのでしょうね。

薬師

たとえば大会当日の朝、インスペクションと呼ばれるコースの下見があります。チェアスキーの選手は目線の位置が低いから、コブがあると、その先が見えません。そういうところは同行しているコーチが様子を教えています。スタート前には体を温めるために準備運動が必要ですが、選手は自分だけでは十分な運動ができません。だから、トレーナーに補助してもらって体を動かしたり、マッサージしてもらったりしています。

編集委員

コーチ以外のサポートスタッフもいらっしゃいますね。

薬師

スキーのサービスマンもいますし、チェアスキーの担当者も来ています。チェアスキーは、最先端テクノロジーの塊です。とくにサスペンションには企業秘密が詰まっているようです。チェアスキーの前方に付いたカウル(走行風を整えるためのカバー)にも、いろいろな形状があって、種目によって使い分けています。最初にポールが当たる部分なので、どのように当たるかが問題なのだと思います。スタッフは、スタート直前までチェアスキーの下に潜り込んでサスペンションの調整などをしています。

こんなふうに、アスリートを支えるスタッフの姿が見えてくると、1人のアスリートに焦点を当てるということではなく、自然とチーム全体に視線が向くようになってきました。そして、それを写真に残して世の中の人に見せてあげたいという気持ちになりました。

パラスポーツが社会の成熟を促すことを期待

編集委員

日本チームは、近年の大会で好成績を収めていますね。

薬師

森井大輝選手はワールドカップで2年連続年間チャンピオンに輝いています。経験を積んでいるから、滑るノウハウをたくさん持っているんです。コース状況は刻々と変わりますから、それに対応できる引き出しをどれだけ持っているかがとても重要です。ほかにも強い選手が何人もいます。

編集委員

やはり大きな国際大会では、いい結果を残してほしいですね。

薬師

彼らが懸命に滑っている姿を見ると、「勝った」「負けた」だけではくくれない、複雑な感情が湧いてきます。だから、決して勝つことがすべてではないのですが、やはり国際大会ではさまざまな困難をチームとして乗り越えて、ぜひいい成績を収めてほしい。好成績を収めることで世間の注目が高まり、それがほかの障がい者スポーツへの関心にもつながると思います。

いまは日本もバリアフリーが進んできましたが、まだまだ十分ではないでしょう。パラスポーツが注目を浴びることで、障がいを持つ方々への理解が深まり、みんなが暮らしやすい社会に進んでいく。そんな社会の成熟をうながす契機になることも願っています。

文:岡野 幸治

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