パンタナールの豊かな自然に魅せられて 岩合 光昭

インタビュー:2017年8月25日/公開日2017年11月17日

岩合 光昭 Mitsuaki Iwago

1970年に訪れたガラパゴス諸島で、自然の圧倒的なスケールに触れ、動物写真家としての道を歩き始める。日本人写真家として初めて『ナショナルジオグラフィック』誌の表紙を2度にわたって飾るなど、想像力をかき立てるその写真は世界中で高く評価されている。2012年から放送されている『岩合光昭の世界ネコ歩き』も大好評で、2017年10月には『劇場版 岩合光昭の世界ネコ歩き コトラ家族と世界のいいコたち』が公開。

ジャガーを“殺す時代”から“⾒せる時代”に

南米大陸にはパンタナールと呼ばれる低層の湿地帯があります。大自然が手つかずのまま残されているこの湿地帯には、ジャガー、カピバラ、オオカワウソといった南米大陸特有の動物が生息しています。動物写真家・岩合光昭氏は、パンタナールの⾃然に魅了され、ここ数年、何度もパンタナールを訪れています。その魅力を語っていただきました。

編集委員

パンタナールは、一般にはあまり知られていない地域名だと思います。どんなところですか。

岩合

ブラジル、ボリビア、パラグアイの3か国にまたがる熱帯の湿原で、日本の本州ぐらいの広さがあります。雨季には川から水があふれて、大部分が水没します。そのため、人の手が入りにくく、自然がそのまま残されています。

僕が最初にパンタナールに興味を持ったのは、1986年のことです。その年、アフリカのセレンゲティで撮った写真を『ナショナルジオグラフィック』誌が特集してくれました。そのとき編集者が「次はどこでやるんだ?」と聞いてきました。「オーストラリア」と言ったら、「パンタナールがいい。これから間違いなく注目される場所だ」と教えてくれました。それで調べてみたのですが、当時は陸路がなく、ジャガーの生息地域まで辿り着くのは大変でした。それだけでなく、一年の半分も水に浸る湿地帯は牧場にするしかなく、家畜を襲うジャガーは射殺対象でした。そのため、ジャガーを目にすることはほとんど不可能だと分かりました。

それなら⾏っても意味がないのでパンタナール⾏きは⾒合わせていたのですが、状況が変わってきました。釣り場としても魅力的なパンターナールは、縦貫道が出来たことにより、たくさんの人が行けるようになり、川岸に出てくるジャガーを見た釣り人が、写真を撮りSNSに投稿し始めたのです。それがあっという間に世界中に広がりました。それで、殺すより⾒せるほうがお⾦になるということで牧場主がロッジの経営を始め、ジャガーを保護する様になりました。

パンタナールに足を踏み入れる

編集委員

初めてパンタナールを訪れたのはいつになりますか。

岩合

2015年です。ガラパゴスへ撮影に⾏くときに、せっかく南⽶に⾏くのだから、パンタナールをちょっとのぞいておこうと思って、5日間だけ⾏きました。

編集委員

パンタナールには、どこから入ることになるのですか。

岩合

サンパウロから⾶⾏機でクイアバという街に入って、そこからは陸路で進みます。2000年代に入って、パンタナール縦貫道という道路がジャガーの棲息地域まで通り便利になりました。それまでは⼩型⾶⾏機か船しか⽅法がありませんでした。ポコネという⼩さな町が縦貫道の出発点です。パンタナールに入ると、高い山がまったくなくなり、360度すべて地平線になるのですぐに分かります。

編集委員

縦貫道は雨季でも水没しないのですか。

岩合

水没します。しかも、橋が流されます(笑)。毎年のように橋を架け替えていましたが、昨年あたりから頑強な橋に変えていっています。道も平らな場所が多くなりました。初めて⾏ったとき驚いたのはチョウチョウです。ちょうど雨が降った後で、⾞で進んでいくと、黄緑色のチョウの大群がふわぁと舞い上がる。それが何キロも何キロも続くんです。縦貫道には60ぐらいの橋が架かっているのですが、渡るたび川を見ると、ワニが山のようにいます。カメラを向けると、ファインダーに100匹は入る。もうセレンゲティ以来の衝撃を受けましたね。雨のパンタナールを撮りたいと思って、翌年3月の雨季に再訪しました。それから乾季の8月にも3週間ほど⾏きました。その後、今年6月にも⾏っています。

足元に潜むワニを水中で撮影

編集委員

今回選んでいただいたパンタナールの作品、⾃然の素晴らしさに引き込まれるような写真の連続でした。この水中のワニの写真。最初は魚がたくさん写っているなと思って⾒ていたのですが、途中でワニがいることに気づいて、ハッと息をのみました。

岩合

これは水中撮影ができるハウジングにカメラを入れて、それを水に沈めて撮っています。最初はボートの上から撮影するつもりだったのですが、結局、川に入って腿まで水に浸かって撮りました。ワイドレンズで撮っているので、ワニはカメラのすぐ前ですね。

編集委員

襲われるという恐怖はありませんでしたか。

岩合

それはまったくなかったですね。動物って、こっちが心配すると、それが向こうに伝わるんです。朝日とワニを撮ったときも、朝日の中にワニの姿をおさめようと思ったら、もう近づく以外にない。ワニを下からあおるような位置から撮りたいと思って、地面をはうようにして水際のワニに少しずつ近づいていったら、いつの間にかワニの目の前まで来ていました。体⻑2メートルのワニです。でも大丈夫でした。

親子で川を渡るカピバラ

編集委員

カピバラのユーモラスな姿もかわいらしくていいですね。

岩合

これは泳いで川を渡っているところです。遠くから⾒たときに、「あれ、なんでカピバラの背中にコブがあるんだろう」と思ったんです。よく⾒ると、それは⾚ちゃんでした。それで、カピバラを驚かさないように、ボートをゆっくりと近づけていきました。

編集委員

⾚ちゃんを乗せたカピバラの隣にいる2匹は、なにかスイッチが入ったように慌てているようにも⾒えます。

岩合

ワニが手前にいて、すっと水中に入ったので、そのタイミングかもしれないですね。カピバラは警戒心が強い動物です。それでも、これだけ近づいて野生のカピバラを撮れるのはパンタナールだけです。アマゾンのカピバラには、こんなに近づくことはできません。

群れからはぐれたオスとしばらく付き合ったこともあります。彼も僕のことを気に入ったみたいで、草を食べていてもチラッチラッとこちらを気にしている。お尻を向けて歩いていても、付いて来いよという感じで振り返る。一頭だけでしたから、寄り添うものがいることで安心感を得ていたのかもしれないですね。

編集委員

枝を頭に乗せているカピバラもいましたね。

岩合

匂い付けなのですが、カピバラがやると痒いところを枝で掻いているようで、ほのぼのしますね(笑)。

希少な狩りのシーンを撮影

編集委員

ジャガーがワニを襲っている、すごい写真があります。撮影の状況を教えていただけますか。

岩合

その日はジャガーの狩りを撮ろうと、朝からずっと一頭のジャガーを⾒ていました。お昼頃、ジャガーが藪に入って休息し始めたので、昼食を食べることにしました。川幅は50メートルくらいあるのですが、ジャガーがいる岸には着けられないので、対岸までボートを移動しました。虫もすごいし、気温は40度以上で頭がぼーっとするほどです。ボートは屋根付きなのですが、そこにガイドさんが日よけの布をかけようとしたとき、彼が「やったあ」と声を上げました。ジャガーが崖から⾶び込んでワニを捕まえた瞬間でした。ご飯を放り出して、ボートを寄せていきました。

編集委員

圧巻の迫⼒です。かなり⻑い時間撮影されているのですか。

岩合

ジャガーはワニを一発で仕留めています。ただ、それを引き上げるのが大変でした。仕留めたワニは、ジャガーと同じくらいの大きさがあるでしょう。安全な場所で食べるためには、ほぼ垂直な崖を引き上げなければならない。容易には引き上げられず、途中で川に落としそうになって、それをまた引き上げて、ということを何度も繰り返しています。

編集委員

ジャガーはいつも同じ場所で狩りをするのですか。

岩合

いえ、ジャガーはかなり広い範囲を動きます。昨日この辺にいたと思ったら、次の日にはまったく⾒つからなかったりします。だから、狩りを⾒るのは難しいですね。3年連続でパンタナールに来ているイタリア人のカメラマンが、狩りはまだ一度も⾒たことがないと言っていました。今回は、優秀なガイドさんがいてくれたから⾒ることができたと思いますね。その瞬間、我々はご飯を食べていましたから(笑)。動物と対峙していると、こういう気を緩めたときに大事なことが起こる、ということが多々あります。我々が⾒ているときは、ジャガーにもワニにもその緊張が伝わっていて、狩りはなかなか成功しない。我々がそこを離れたから、ワニも緊張を緩めたのかもしれません。

豊饒な自然のなかで生と死が混在

編集委員

鳥が魚を捕らえたり、オオカワウソが魚を食べていたり、大⾃然の中での生の営み、命をやり取りするシーンがとても心に残りました。そういう情景がたくさん⾒られるのは、⾃然が豊かということでしょうか。

岩合

水が豊富だからです。生命はすべて水があるところに生まれ育ちます。魚がたくさんいて、動物たちが伸び伸びしている。オオカワウソなんかは、本当に喜んで食べている感じがします。「僕、こんなに大きな魚を食べてるよ」って⾃慢しているみたいです。オオカワウソの狩りの瞬間は面⽩いです。水がシャシャシャと波⽴ったかと思うと、潜って魚を獲ってきます。動きが楽しくて、個人的には、好きな動物ナンバー10に入るくらいです。

編集委員

ワニがワニを食べるという、ゾッとするような写真がありました。ワニは共食いをするのですか。

岩合

いえ、とても珍しいことだと思います。そのときは早朝でまだ暗かったのですが、ワニがなにか変な魚をくわえているなと思って撮影していたら、それがワニだった。ただ、ワニはワニを食べているという意識がないかもしれません。動いているやつをパクっと食べただけのことで、もしかすると魚だと思っているかもしれないです。くわえているのは、まだ⼩さいワニですから。

こちらの写真はワニのちょっと珍しい⾏動です。夜明けに身体を弓なりして、ぶるっと震わせるんです。それで波が⽴ちます。このとき、ギイィーッ、という声でワニが吠えるように鳴くんです。大きなワニだけが夜明けに一度だけやると言われている⾏動なので、⾒たことがある人はとても少ないと思います。僕も今回初めて⾒ました。大⾃然に⾝を置いて、こんな動物たちの⾏動に出会い、写真に収める。発見と発信が出来る日々に感謝しています。

編集委員

ここ3年で4回パンタナールに⾏かれていますが、これだけの頻度で同じ場所に⾏くことはよくあることですか。

岩合

ないですね。世界中でもこれだけの場所はなかなかありません。来週から、また1か月⾏ってきます。まだまだ⾒たい動物や撮りたいシーンがあります。来年中には、パンタナールの水辺の動物たちの写真集を作ろうと思っています。セレンゲティに匹敵する、いや、それ以上のものになる予感がしています。

文:岡野 幸治

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