倒立型リサーチ顕微鏡IX3シリーズ「自動化」と「拡張性」への更なる挑戦

生きた細胞を観察し、デジタル画像として記録する「ライブセルイメージング」。この領域で欠かせない「倒立型リサーチ顕微鏡」で、オリンパスは新しいシリーズを発表しました。マーケティング部門はどのようにして最新のニーズをすくい上げたのか、開発部門はその要求にどのような技術で応えたのか。このような側面から、マーケティング部門と開発部門の担当者が解説します。

ここに掲載されている内容は2012年9月30日時点の情報です。

田村 恵祐

オリンパス株式会社 ライフ・産業システムカンパニー 開発4部 部長付

生物顕微鏡のプロダクトリーダーを歴任。前身のIX2シリーズでもプロダクトリーダーとして陣頭指揮を執り、今回のIX3シリーズでは、プロダクトマネージャーとして製品開発を統括した。米国や欧州など海外駐在経験も長い。

波多野 仁

オリンパス株式会社 ライフ産業システムカンパニー ライフ・サイエンス企画部 グループリーダー

入社して初めて本格的に生物顕微鏡の世界に出合う。5年にわたって光学レンズの設計を担当。その後、欧州駐在を経て、マーケティングを担当。地道な市場調査から顧客の真のニーズを引き出し、商品企画に生かす。

生きた細胞をそのまま観察

顕微鏡の世界で、今とても注目されている観察手法に「ライブセルイメージング」があります。培養容器を顕微鏡にセットして、生きた細胞をそのまま観察するものです。


HeLa細胞


Nanogタンパク質の免疫染色結果

この観察手法は、医療分野の先端研究などで広がっています。例えば、どのようにがんが発生して、どのように増えていくのか、新しく開発された薬剤にどのような効果があるのか-。こうした研究では、細胞と細胞がどのようにコミュニケーションを取っているかが非常に重要なので、生きたまま細胞を観察する必要があるのです。

このときに使うのが、対物レンズをステージの下に配置して細胞を下から観察する「倒立型顕微鏡」と言われる顕微鏡です。この分野の新製品が、IX3シリーズです。

世界100の研究機関でヒアリング調査

IX3シリーズには、ちょうど10年前に発売したIX2シリーズという前身があります。マーケティング部門ではこの現行製品に関するお客さまの声を徹底的にお聞きすることから始めました。

現在、医療分野の先端研究は、世界中で行われています。IX2シリーズのユーザーも、日・米・欧・アジアの4地域にほぼ均等に散らばっています。そこで、グローバルマーケティング部門で約100の大学や研究機関を訪問し、どのような要望があるかを調査しました。そこで浮かび上がってきたのが、「自動化」と「拡張性」へのニーズでした。

自動化の目標は「半分の動作時間」

まずは、自動化についてご説明しましょう。ライブセルイメージングでは、生きた細胞を扱っています。ですから、観察は時間との勝負という側面があります。例えば、観察のために余計な光を長く当てると、細胞に不要なダメージを与えてしまいます。時には、余計な時間をかけることで細胞が死んでしまうことさえあるわけです。従って、観察時間を必要最小限に抑えるための自動化を推し進めることはとても重要なのです。

実は、前身のIX2シリーズでは、当社の倒立型顕微鏡として初めてコンピューター制御を取り入れました。当時はとても好評だったのですが、世の中の技術の進歩もあって、もっと高いレベルの自動化が求められていることが分かりました。そこで、開発部門では、自動化を推進するために、電動制御の動作時間を2分の1にする、との目標を掲げました。

具体例を挙げましょう。ライブセルイメージングでは、「タイムラプス」と呼ばれる手法がよく使われます。一定時間ごとに、デジタル画像を撮りながら、観察を進めるのです。例えば、タイムラプス観察中に、一定時間ごとに異なる波長に切り替えて撮影することがあります。このとき、内部では複数用意したフィルターを回転させて切り替えるのですが、回転に使うモーターのスピードを2倍にすれば、切り替えの時間は半分で済みます。ところが、改善が新たな技術的課題を生み出したり、コストを押し上げたりすることがあります。そのような制約条件を一つずつ丹念に解決することにより目標を達成することができました。

オートフォーカスの大幅な改善

オートフォーカスの性能も大幅に向上させました。生物顕微鏡では、細胞の内部を観察するために、主に蛍光観察と呼ばれる観察法を用いますが、この観察方法では背景が真っ暗になります。従って、焦点を合わせるのは、熟練した研究者でも簡単ではありませんが、この顕微鏡ではボタン1つで瞬時にフォーカスを細胞の近傍に合わせることができます。

フォーカスサーチ

長時間の観察では、研究室の室温も変化します。顕微鏡は金属でできていますから、気温によって膨張したり、収縮したりすることが避けられません。それによって、観察対象の位置がずれることがあるのですが、その場合も正しくフォーカスを合わせ続ける追従機構を前身のIX2シリーズから設けています。


ワンタッチ切り換えを可能にするスマートコントロール

しかし、各工程の動作時間を短縮しても、実際の操作に手間がかかったのでは元も子もありません。そこで専用のコントローラーを用意して、タッチパネルで簡単に操作できるようにしました。例えば、画面に触れて観察方法を指定すると、顕微鏡内部でレンズや光学素子が観察に必要なものに瞬時に切り替わります。人間が介在しないので、間違いが起きる心配もありません。

デッキ構造に意外な落とし穴

次に、拡張性の話に移りましょう。前身のIX2シリーズは、ユニットを着脱して機能を入れ替えられる機構を用意しました。お客さまの研究に必要なユニットを組み込んで観察できるようにしたのです。これは画期的システムとして受け入れられている一方で、もっと簡単に着脱できないか、という要望が強いことも分かりました。

開発部ではこの課題をクリアするため、デッキ構造を採用しました。これは、ステージの下に大きな空きスペースを作り、そこに2つのデッキユニットを差し込むことができる構造です。これによって、2種類の異なるカメラを取り付けたり、観察方法に合わせた光を入れたり、といったことが自在にできます。ユニットの着脱は、付属の工具だけで簡単にできます。すでにいくつかのユニットをご用意しましたが、お客さまごとにカスタマイズしたユニットを取り付けることもできます。


簡単に装着できるデッキユニット

ただし、デッキユニットを2つ取り付けるようにすることで難しい問題も出てきました。本体の背が高くなることで、本体が振動しやすくなるのです。また、金属部分が多くなることで、熱膨張の影響も受けやすくなり、研究室の室温変化によって、標本の位置がずれやすくなってしまいます。そこで、通常は開放状態になっているステージ下の部分を閉鎖して、カタカナの「ロ」の字の構造にすることに決めました。これによって、十分な剛性を確保しました。

光学機器メーカーとしての挑戦

自動化と拡張性という課題は、こうしてクリアしました。しかし、開発部門ではもう1つ課題がありました。それは、光学系の新設計です。光学系とは、光を集めて伝送し、結像するためのレンズやミラーなど光学部品の組み合わせを指します。


IX83の光学系

顕微鏡の対物レンズには倍率によって標本を観察できる範囲(視野)がありますが、カメラでの観察の場合は、これに加え、カメラの撮像素子(チップ)のサイズに従って最終的な視野が決まってきます。観察対象によっては見たい組織のごく一部しか視野に収まらないことが起こり得ます。

カメラの進化によって、状況が変わってきました。大きなチップサイズのカメラがリーズナブルな価格で使えるようになってきたのです。つまり、光学系の設計を刷新すれば、同じ倍率で観察しながら、観察視野を広げられる可能性が出てきたのです。

今回、IX3の開発では、最新の大きなチップサイズのカメラへの対応に取り組みました。
ただ、これは想像以上に難しいチャレンジになりました。広い範囲を見たければ、光学系を大きく設計すればよいのですが、そうすると不要な光もたくさん入り込んで、本当に見たいものがクリアに見えなくなります。カメラは感度が高いので、目で見る場合と違って、わずかな光の違いがとてもシビアに画像に出てくるのです。

そこで、いかに外光を遮断して、必要な光だけを得るかが課題になりました。今は光学系も、コンピューターのシミュレーションでわかることが増えてきましたが、最終的にどれだけクリアに見えているかは、実際に画像を撮って判断するしかありません。そこで来る日も来る日も、本当にたくさんの画像を撮って比較する作業を繰り返し、やっと自信を持って送り出せるレベルの高性能と広視野に到達することができました。

先端研究者と共に成長したい

先端研究に取り組んでいる研究者の方は、自由にイマジネーションを働かせて新しいものを発見する、という仕事をなさっています。今回の製品は、デッキ構造の採用によって高めた拡張性によって、新しいものを生み出すプラットフォームになっていくのではないか、と期待しています。

我々の仕事も、製品を出したから終わり、ではありません。すでにいくつかのユニットを発売する準備をしていますが、さらに、お客さまの想像した世界を実現するようなユニットを提供することで、我々自身も成長していきたいとの思いを持っています。