スキー場の安全を守るパトロールの世界薬師 洋行

インタビュー:2019年9月3日/公開日:2019年12月12日

薬師 洋行 Hiroyuki Yakushi

スポーツ写真家。1969年にアルペンスキー・ワールドカップを初めて取材した後、オリンピック、世界選手権など世界トップクラスの競技会でアルペンスキーの撮影を続ける。1972年の札幌オリンピックで組織委員会公式カメラマンを務めた後、2018年平昌まで13回の冬季オリンピックを取材。2012年、長年にわたる功績をたたえ、FIS(国際スキー連盟)から『FISジャーナリストアワード』が贈られている。

片桐 幹雄

株式会社野沢温泉の片桐幹雄社長。長野県野沢温泉村出身。中学卒業後、アルペンスキー修業のためヨーロッパへ。その後、ワールドカップを転戦する。1976年、80年にオリンピックに出場。その後コーチ、監督としてオリンピック5大会にかかわる。2014年から現職。

鳥海 忍

東京出身。社会人生活を経て野沢温泉スキー場のパトロールに。当初は1年限りの予定だったが、その奥深さにひかれてパトロールの仕事を継続。スキー技術、救急法、ロープワーク、気象などさまざまな技術や知識を習得し、スキー場の安全を支えている。

スノースポーツの理解を深めるために

スポーツ写真家・薬師洋行氏は、スキーやスノーボードなどのスノースポーツを陰で支えるパトロールに関心を寄せています。昨シーズンは、全国でも有数の規模を誇り、数多くのオリンピック選手を輩出してきた長野県の野沢温泉スキー場で、パトロールに密着して撮影しました。今回、同スキー場に薬師氏とともにお邪魔し、スキー場を運営する株式会社野沢温泉の片桐幹雄社長、パトロールを担当する鳥海忍氏にお話をうかがいました。


左から、株式会社野沢温泉の片桐幹雄社長、パトロールの鳥海忍氏、薬師洋行氏

編集委員

薬師さんには、これまでにアルペンスキーのワールドカップやパラアルペンスキーなどの華やかな世界についてお話をうかがってきました。今回はスキー場を陰で支えるパトロールを取り上げられるということで、少し意外に思うと同時にとても興味深く感じました。このテーマを選んだ理由から教えてください。

薬師

僕はいつもスノースポーツの魅力を伝えたいと思っているのですが、それにはスキーを滑っている姿だけではなくて、裏側も見てもらった方がいいだろうと考えたのです。スキー場にはパトロールという組織があって、皆さんの安全を守っています。そちらも見てもらわないと、スノースポーツがどういうふうに成り立っているのか分からないだろうと考えたわけです。

編集委員

撮影場所に野沢温泉スキー場を選んだのはなぜですか。

薬師

片桐社長とはもう40年以上の付き合いで、よく知っているんです。僕は1969年からヨーロッパでアルペンスキーを撮るようになったのですが、その後、彼が中学校を卒業して、アルペンスキーの選手としてヨーロッパに武者修行に来ることになり、向こうで会うようになりました。彼がオリンピックに2回出場したときも、ワールドカップを転戦していたときもずっと見てきました。そして、長くヨーロッパのスキー場を見てきた彼が日本でどういうスキー場を作り上げていくのかと興味を持っていました。

編集委員

(片桐社長に)野沢温泉スキー場はどんな特徴を持ったスキー場ですか。

片桐

まずは規模の大きさが上げられると思います。1つの会社が運営しているスキー場としては日本で一番大きいです。2つ目の特徴としては、それだけの規模がある一方で、町は全部歩いて回れるほどコンパクトで、しかも文化と歴史が感じられます。そこに魅力を感じて、海外からのお客様も多く来られます。3つ目は運営スタイルですね。典型的なスキー場は1泊2食付きですが、野沢では必ずしもそうはなっていません。外で好きなものを食べて外湯も楽しめるので特に長期滞在の海外の方に好評ですが、日本の方にもそういう楽しみを理解していただくようになっています。

パトロールの仕事は朝イチの点検から

編集委員

ここからはパトロールの仕事についてお聞きしていきます。鳥海さん、シーズン中の典型的な1日の活動を教えていただけますか。

鳥海

活動は大きく分けると、「点検」「救助」「最終パトロール」の3つになります。朝はスキー場がオープンする前に全員で山の上に上がって、各コース、ゲレンデを分担して点検しながら下りてくることから始まります。

編集委員

どんなところを確認するのですか。

鳥海

まずは設置物が倒れていないか、壊れていないかですね。標識やガイドロープの支柱が折れていたら取り替えたり、ネットが破れていたら編んだりします。ゲレンデに段差ができていればそれをなくしたり、側溝があるところに穴が開いていたらスコップで埋めたりします。あとは、皆さんはゲレンデで上を見ることはあまりないと思いますけれど、木にかぶった雪が落ちてくると危険なので、それを落としたりします。そのままでは人を近づけてはいけないということになると、周りにロープを張ったりもします。毎回ではないですけれど、たまに踏み直してほしいとお願いすることもあります。

編集委員

踏み直すというと?

片桐

コースは毎日整備用の機械をかけてならしています。ただ、条件が毎日違うので決まった通りにやればいいというものではないのです。本当に安全か安全でないかという判断はパトロールがしています。だから、言い方を変えると、パトロールのOKが出ないと、スキー場はオープンできないのです。

鳥海

あと、野沢は1日に1メートル近く雪が積もることがあるのですが、そういうときは雪崩起こしをすることがあります。

編集委員

それは何ですか。

片桐

コース上の両サイドの傾斜から雪が落ちてきそうな場所がたくさんあります。もし落ちてくると、お客様が巻き込まれて大変危険なことになります。ですから、そういうところに入って、スキー板で雪をカットして先に落としてしまうのです。雪と一緒に落ちてしまうととても危険なので、雪や斜面を熟知していないとできない作業です。

救助活動では吹雪の中で患部を固定することも

編集委員

次に、救助の活動についてお聞きします。けが人が出たという情報はどうやって入ってくるのですか。

鳥海

お客様ご自身からの通報もありますし、リフトからの通報もあります。あとは巡回中に行き合ったりもしますね。連絡が入ると、詰め所が5カ所あるので一番近いパトロールが現場に行くことになります。

編集委員

そこではどのような手順になるのですか。

鳥海

まずはトリアージを行います。毎年シーズンの初めに、消防の方に現場でやっているトリアージを教えていただいているので、それを生かしています。最初に現場に到着したパトロールがトリアージを行い、その人の指示で持っていく資材や救急車を呼ぶかどうかなどを決めます。

重症度によって治療の順番を決めること。

薬師

現場で見ていると、けがをした人が動けないときはスノーモービルも使っていましたね。

片桐

そうです。ただ、スノーモービルは結局コースになっているところしか行けないんです。だから、機械で踏みならしていないところに行くときはボートを使うことになります。

編集委員

それはどんなものですか。

片桐

アキヤという1人用のボートで、前後に2本ずつの棒が出ています。2人1組になって、その棒を持ちながら地面に置いたボートを滑らせて運んでいきます。多いときは1日5,6回出動します。ほかに、1人で操作するボートもあります。

編集委員

けが人の手当てはどのように行うのですか。

片桐

隊員のほとんどは、日本赤十字社で救急法の講習を受けて必要な応急処置を学んでいます。吹雪の中で固定をしなければならないときもあるのですが、そんな中でもしっかり固定ができてお客様が痛い思いをしなくて済んだときは本当に良かったと思います。

大切なのは1人残らず安全に下山してもらうこと

編集委員

最終パトロールは、どのような活動になりますか。

片桐

実は、時間内に退場してもらえない方がたくさんいらっしゃるのです。そういう方たちに安全に下山していただくための活動になります。ある意味では、一番大切な活動の1つといってもいいかもしれないです。

編集委員

(薬師さんに)これはまさにそのパトロール中の様子をお撮りになった写真ですか。

薬師

そうですね。夕方、初心者のボーダーが動けなくなってしまったんですよ。もうゴンドラは止まっているかもしれない。どうやって安全に帰ってもらうかということですね。これ、自力で下りようとしたら、ここからだと2時間はかかるでしょう。

片桐

こういうときは、スノーモービルで迎えに行って、営業時間が過ぎていてもゴンドラを動かして乗せてしまうということもやるんですよ。仮に、この方たちがそこから下りるまで1時間かかるとすると、真っ暗で本当に危険な状態になりますから。そういう判断をするのもパトロールの役目なんですね。

薬師

さらに下の方には、親子がいました。母親と子どもでなんとか下りようとしているんだけれど、もう何時間かかるのか分からない。それで、パトロールの1人が子どもを抱っこして下ろしていました。

編集委員

そういうことが毎日あるわけですね。

鳥海

その最中に、けが人が出ることもあります。1日の終わりは疲れもたまるので、けが人も出やすいのです。私たちも、自分が好きでスキーをやってきたので、お客さんがもう1本滑りたいという気持ちはすごくよく分かるんです。気持ちとしては滑ってはもらいたい。でも、安全に下りてもらわないといけない。だから、最終パトロールには、こちらにもいろいろと葛藤があります。

編集委員

この仕事をされていて、やりがいを感じるのはどんなときですか。

鳥海

パトロールは、本当は暇なのが一番いいんです。それは、すべてがうまくいったということですから。「ああ、今日は暇だったなあ」というときに、満足感を覚えます。あとは、お客様に「楽しかった。また来るよ」って言われたときに、「ああ、良かった」って思いますね。

高いハードルを越えた先にあるスノースポーツの楽しさ


モデル:河野克幸氏

編集委員

今回の「Photo Gallery」の後半では、プロの素晴らしい滑りを見せていただいています。

薬師

スキーやスノーボードには、こんな楽しい世界もあることを知ってほしいということですね。


モデル:宮崎育美氏

編集委員

大自然の中を高い技術で自由に滑る。スノースポーツを楽しむ人にとって憧れの世界だと思います。最近はスキー場の外で自然を満喫するバックカントリースキーが人気ですが、危険性が高く、慎重な意見も多いと思います。スキー場を運営するお立場からは、どのようにお考えですか。


モデル:櫻井宏樹氏

片桐

100年前にスキーが始まったころ、今のようなスキー場があったわけではないのです。機械をかけてきれいに整地して、という近代スキーになったのは比較的最近の話で、そもそもの始まりは、今でいうバックカントリースキーです。それを、危ないからやっちゃ駄目ですよということになれば、スキーそのものが否定されることになります。ただ、そういうところに行くには、技術、装備、あるいは天気の読み方などいろいろなハードルがあります。それをクリアした人だけが、スタート地点に立てます。自然の中では誰も助けてくれません。パトロールも来ません。そういう場所なのです。高いレベルに到達すれば、そこにしかない楽しみが得られます。それがスキースポーツの深さだと思います。

文:岡野 幸治