憧れのチョウを世界中に追いかけて 海野 和男

インタビュー:2018年12月3日/公開日:2019年2月19日

海野 和男 Kazuo Unno

1947年東京生まれ。東京農工大学で昆虫行動学を学び、卒業後写真家の道に進む。1990年に長野県小諸市にアトリエを構え、1999年にはブログ『小諸日記』を開始。年に7~10回、海外に撮影に出かける。子ども向けの書籍を中心に200冊近くの著作がある。近著は『アゲハチョウの世界 その進化と多様性』(平凡社)。2019年3月29日~4月3日にオリンパスギャラリー東京、4月12日~4月18日にオリンパスギャラリー大阪で、海野 和男 写真展『「蝶・多様性の世界」世界に蝶を求めて』を開催。

ゲノム解析でアゲハチョウの進化が明らかに

昆虫写真家・海野和男氏にとって、チョウは特別な存在です。子どもの頃に憧れを抱いたチョウも多く、それが昆虫写真家の道に進むきっかけにもなりました。近著の『アゲハチョウの世界 その進化と多様性』(平凡社)は分子生物学者・吉川寛氏との共著です。この本が誕生したきっかけを話の皮切りに、最近の撮影や世界のチョウについてお話をうかがいました。

編集委員

2018年秋に『アゲハチョウの世界』が出版されました。前半でアゲハチョウの進化にまつわる最先端の研究成果をわかりやすく紹介し、後半ではその美しい姿を豊富な写真で見せるという異色の構成で、あますところなくチョウの魅力を伝えています。どんないきさつでこの本が生まれることになったのですか。

海野

19世紀にダーウィンが進化論を作って、種がどのように分かれてきたかを示しましたが、当時の動植物の観察や化石の採集をもとにしているので、細かい分岐まではわかりませんでした。特にチョウチョウは化石がほとんど残っていないので、進化の過程がほとんどわからなかったのです。それが最近のゲノム解析によって解明されてきたという話は知っていて、興味を持っていました。

2016年の夏、JT生命誌研究館というところで昆虫の擬態をテーマに講演をしたときに、吉川さんという日本分子生物学会の会長だった先生がおられました。この方は子どもの頃からチョウチョウが大好きだったそうで、いろいろな話をしているうちに、特にアゲハチョウの分岐はかなり詳しいことがわかっているという話になりました。その話が面白くて、僕自身がそれを本で読みたいと思い、書籍の企画を立てて出版社に話を持って行ったわけです。

チョウの祖先を思いながら眼前のチョウを見る

編集委員

書籍の制作が進む中、仕上がってくる原稿をお読みになって新しい発見もありましたか。

海野

もともとゲノム解析について詳しいことまでは知らなかったのですが、それがよくわかりましたし、ここ10年くらいの進歩も理解しました。DNAの変異はゆっくりと進むため、核の中にあるDNAを解析するやり方では、種が分岐した細かい年代まではわかりませんでした。ところが、ミトコンドリアという小粒子の中に入っているDNAはそれよりも変化率が高いため、これを解析することでもっと細かく種が分岐した年代を判別できるようになったということなんですね。

編集委員

本の中でアゲハチョウがどのように進化したかを表す系統樹が示されていますが、進化の歴史を踏まえると、目の前にいるチョウの見方も変わってきそうですね。

海野

チョウの進化を地球の大陸形成の歴史に重ね合わせてみると、もっと面白くなります。大昔、地球上にはゴンドワナ大陸という大きな大陸があって、それが分裂して、現在の南アメリカ、アフリカ、マダガスカル、インド半島、オーストラリアなどを形成しています。大陸が分裂した年代とチョウの種が分岐した年代を漠然と思い浮かべながら世界中でチョウを見ていると、例えばマダガスカルに行っても、このチョウはアジアのチョウと同じルーツを持つのかな、なんて思う。そういう想像をしながらチョウを撮影していると、もっと世界中のいろんなところでチョウを見たいなと思うわけです。

アメリカを車で2500キロ走り回ってキアゲハを撮影

編集委員

今回の本に収録するために、アメリカに撮影に行かれたそうですね。

海野

原稿を読んで、キアゲハの仲間がアメリカでたくさん分岐していることを知りました。アメリカ大陸というと、南米の熱帯はチョウが多いので好きなんですけれど、北米には実はほとんど行ったことがない。それで、これを機に行こうと決めました。アメリカにはチョウを撮影している人がたくさんいて、写真をばんばんインターネットにアップしているのですが、それが地図にプロットされて、どこに何がいるかわかるようなシステムがあります。

ただ、ちょっと失敗したのは、点が密集しているからチョウがたくさんいると勘違いしちゃったこと。大きな街の近郊は、たくさんの人が写真を撮るから点が密集しているわけです。最初ダラスの近郊に行ったのですが、すぐに撮れると思っていた3種類が全然撮れなくて、もうえらい目に遭いました(笑)。

それで、もともと計画していたアーカンソー州に車で移動して、10日間で2500キロくらい走り回って、目的のチョウはほぼすべて撮れました。だいたい、このチョウを撮りたいと思って行くと失敗することが多いのですが、今回はラッキーでしたね。役に立ったのは、Google マップ。航空写真の表示に切り替えると、どこに森や草原があるかが一目でわかる。それで、この辺にいそうだなと当たりを付けて行ってみると、ちゃんとそこにいたりして、これはなかなか良かったですね。

撮影のメインを世界中のチョウチョウに

編集委員

今回、このウェブ上の『Photo Gallery』で公開していただく作品も、美しく可憐で、チョウの魅力を満喫できる作品ばかりです。

海野

小学校の頃から図鑑を見ては、こんなチョウがいるんだ、いつか見てみたいなあと思っていました。マニアックな小さいチョウはあんまり好きじゃなくて、大きくて見栄えのするのに憧れていました。僕はずっと昆虫写真家をやってきましたけれど、チョウの写真を撮るのは、どちらかというと職業というよりも趣味の分野に入るんです。単純に自分が見たいなあと思って撮っている。そういうものを網羅的に撮ってもそれで食えるわけでもないし、評価されるわけでもないんだけど、僕にとっては子どもの頃からの憧れだし、そろそろ撮影のメインをそっちに移してもいいのかなという感じもあります。

毎年4月から9月は日本でいろいろなイベントがあって予定が入っているけれど、それ以外は自由が利く。9月の末から4月入ったところまで7カ月ほどあるでしょう。1カ月に一度どこかに行けば、全部で7回行ける。そうしたら、それなりに面白いものが撮れるんじゃないかと考えて、そうすることに決めたんです。2017年は10月のスタートでしたが、まずはフレンチギアナ、ここは初めてでした。それからオーストラリア、マレーシア、カメルーン、タイ、フィリピン。それからもう一度マレーシア。そして、先ほどお話ししたアメリカ。その後、ミャンマー、それからもう一度タイ。だから、13カ月で10回は行っていますね。今回の『Photo Gallery』の作品も、その撮影の中から選びました。

初めて行く場所と繰り返し行く場所

編集委員

マレーシアを中心に東南アジアには昔から足しげく通われていると思いますが、一方で最近初めて訪れたり、通うようになった国もあると思います。馴染みの場所と、行ったことのないところでは、撮影に違いがありますか。

海野

同じ場所に行くのは楽だし、前よりいい写真が撮れるかもしれないということはあります。それに、熱帯はチョウの種類が多いので、行っても会えないチョウがいっぱいいます。マレーシアにはもう百何十回行ってますが、去年初めて撮ったアゲハチョウが3種類もいました。そう考えると同じところに行くのにも意味があります。

だけど、やっぱり新しいところに行けば、見るものすべてが新しい。だから、撮りたい気持ちも強くなるし、実際にいい写真も撮れます。僕、行きたいところが無数にあるんです。最近は南米にもあまり行ってないし、ヨーロッパも最新のカメラを持って行ってない。ロシアもそう。モンゴルなんて、いま昆虫を見に行くのがすごく盛んなのに訪れたことがない。海外ではいつも自分でレンタカーを借りて運転して、ということになるのでなかなか大変ではあるのですが、もっといろんなところに行きたいですね。

国内でチョウを撮影していると、いつも同じ人に会ったりします。皆さんも、海外に出てみたら良いと思うんですね。特に引退しているような人は時間もある。昔と違って、行きやすくて良い場所がたくさんありますから。

写真で見た場所に行ってみたいと思ってもらえたら

編集委員

2019年3月には、写真展が開催されます。どんな写真展になりますか。

海野

この写真展では、世界中のいろんなチョウをたくさん見せたいなと考えています。2017年夏以降に撮った写真で構成していきます。写真展では展示できる枚数に限りがあるので、大きなパネルにたくさんのチョウを並べたりして、メリハリを付けながらたくさん見てもらいたいですね。

僕は、チョウチョウは網で採るより写真に撮ったほうが楽しいと思っていて、皆さんに同じように感じてほしいなと思います。それに特別なチョウ好きでない一般の人にも、チョウチョウってきれいだな、いつもそういうのが見られるといいな、と思ってほしい。僕の写真を見て、その場所に行ってみたいなと思う人がいたら、とてもうれしいですね。

文:岡野 幸治