写真集「セレンゲティ」撮影エピソード

写真集名:

セレンゲティ

アフリカの動物王国

発行日:1984年11月30日 第1版
発行所:朝日新聞社

1982年8月から1984年3月までの約1年半、アフリカのタンザニアにあるセレンゲティ国立公園に滞在しました。それまで地球の北に南にと、野生動物を訪ねて撮影取材を重ねてきたのですが、僕はそのような方法に限界を感じるようになっていました。行きずりの旅行者にすぎない視点ではなく、定住者として腰を据えてこそ見えてくるものを、見てみたい。その土地として選んだのが、それまで何度か訪れ、その大自然の素晴らしさに魅せられていたセレンゲティでした。1年半という期間は必ずしも長いとはいえないかもしれませんが、この限られた期間のなか、全力を投入して撮影しました。

頭蓋骨の砕ける音が、いまも耳に残っている。

僕は朝いちばんに出会った動物によって、その日、何を撮影するか決めていました。ある日、最初に出会ったのが、ライオンのカップル。しばらく様子を眺めていると、オスが立ち上がって違う方向を見ました。その視線の先にいたのは、オスのライオンでした。この第二のオスがカップルのほうに歩き始めると、カップルのオスも彼に向かって歩き出し、どんどんスピードを速める。そこに、どこからか第三のオスが現れ、カップルのオスとタッグを組むように猛然と第二のオスを追いかける。僕はクルマをゆっくり走らせてついていきました。600mほど行ったところで、第二のオスはとうとう追いつかれ、その途端、カップルのオスが腰のあたりに食らいつきました。
僕は低いアングルで撮影したいのですが、クルマの窓からではローアングルでは撮れません。クルマから降りて撮ろうと、ドアを開けて一、二歩踏み出したとたん、ガシャッと音がしました。第三のオスが第二のオスの頭蓋骨を噛み砕いた音でした。そのとき僕は、第三のオスと目が合ったように感じました。これはマズイと急いでクルマに逃げ込むと、第三のオスはクルマに向かって来て、前足でバンバーを押すのです。クルマはグラグラと揺れました。彼はすごく興奮していたと思います。ライオンに襲撃されたのは、この1回きりです。セレンゲティ滞在中、最もエキサイティングだった1枚。ライオン同士で殺しあうというケースは、それまで知られていませんでした。

ヌーが崖から跳びこむ一瞬を捉えた、稀少な1枚。

この写真は、ヌーの大群が高い崖を下って、川へ跳びこむシーンです。セレンゲティに雨季が来ると、草を求めて100万頭を超えるヌーが、ケニアのマサイマラから大移動してきますが、途中の難所がマラ川。幅100mはあるこの川を泳ぎきらないと移動を果たすことはできず、なかには溺死するものも少なくありません。まさに、命がけの大移動です。ヌーの大群が一斉に川渡りする迫力ある光景は比較的撮影しやすいのですが、僕がぜひとも撮りたかったのは、川にまさに跳びこもうかという瞬間。ヌーが川を渡るのは今日なのか、明日なのか。また、川へ下りる場所も毎年決まっているわけではなく、カメラをどこに構えるべきか、勘を働かせてもなかなか難しい。この写真は極めて稀少なものとなりました。水しぶきをあげ、次つぎと川に跳びこむヌー。鳴き声が「ンモーッ」という大きな塊となって、夕もやに響きわたりました。

年老いて、ひとり暮らしのアフリカスイギュウ。

キバシウシツツキという鳥が自分の体についた虫をつつくのを、アフリカスイギュウが横目でじろっと見ています。顔は禿げていて、ずいぶん年老いていることがわかります。アフリカスイギュウは体重が1tほどもあり、ヒトがうかつに近づけば襲われることもあります。僕はクルマをゆっくりと近づけて撮影しました。ここまで近距離で撮影できるのは、彼が年をとっているから。アフリカスイギュウはふつう群れで暮らしているのですが、年老いた彼は群れから離れることになったのでしょう。たびたび僕が住んでいる家の周りに現れました。一頭でいるとライオンに襲われる危険があるのですが、村のそばにいれば安全と思ったのでしょうか。そういえばツバメも人家の軒下に巣を作り、子育てしますが、それも同じかもしれません。野生が本能的に身につけた知恵だと思います。

チーターの親子に、家族のような気持ちを抱いた。

アリ塚にいるのは、お母さんチーターと生後6カ月くらいの4頭の子どもたち。トムソンガゼルの動きをうかがっていたお母さんが、そろそろ狩りに出かけようとしています。子どもがまだ幼いときは、草原の窪みに子どもたちを隠して狩りに出かけるのですが、成長した子どもたちはじっとしていません。お母さんが息をころして獲物に忍び寄ったのに、あっけなく逃げられてしまい、狩りは失敗。そんなとき、ガッカリしてお母さんが振り返ると、後ろのほうで子どもたちがピョンピョン飛び回っていたりします。
僕はこの親子を1年間ぐらいかけて撮影したのですが、最初に出会ったのは、子どもが生後1カ月くらいのとき。お母さんの前足と後足の間に4頭がもぐりこんでオッパイを飲んでいました。チーターのメスは、幼い子どもがいると夜間に移動することがありません。「また明日ね」と声をかけて帰り、翌朝「おはよう」と同じ場所に行けば、たいていそこにいる。ところがある日、いるはずの親子がいないのです。ハイエナかヒョウに襲われたかと心配でたまらないまま、クルマのエンジンをかけると、大きなあくびをしながら、ひょっこり目の前に親子が現れました。毎日毎日会っているうちに、僕のことを怖がらなくなったらしく、悠然としたものです。クルマから降りて撮影していたら、一頭の子どもが僕のほうに近づいてきて、ぴょこんと膝の上に乗ったこともあります。家族のような気持ちで、子どもたちの成長を見つめた1年でした。