写真集「おきて」撮影エピソード

写真集名:

おきて

アフリカ・セレンゲティに見る地球のやくそく

発行日:1986年7月10日 第1版
発行所:株式会社 小学館

僕は1982年8月から1984年3月まで約1年半にわたってアフリカ・タンザニアのセレンゲティ国立公園滞在し、撮影取材を行いました。雨季、乾季、雨季を繰り返す自然の移ろい。そこで生き死にする動物たちの姿。目の前で起こるそれらの観察を通して、僕は自分なりにひとつの真実に突き当たった思いでした。動物も植物もこの地球上のすべての生命は、人知をはるかに超えた何かのもとにある。この真実を僕は仮に「おきて」と呼ぶことにしました。そして、ドラマチックな一瞬だけを切り取った写真集ではなく、セレンゲティのありのままの日常がストーリーのように展開する写真で物語をつくりたいと思い、そのタイトルを『おきて』としました。

ナショナル ジオグラフィック誌 Vol.169 1986年5月号

〝good!〟のひと言で、『ナショナル ジオグラフィック』誌の表紙に決定。

このライオンの親子の写真は、『ナショナル ジオグラフィック』誌1986年5月号の表紙を飾りました。動物写真家にとって、『ナショナル ジオグラフィック』誌に掲載されることは、とても誇らしいこと。ましてや、その表紙に選ばれるというのはとても興奮することで、その経緯をお話ししますと…。
僕がセレンゲティに出発する前の年でしたが、1974年に南極行きの船で知り合ったカメラマンから、『ナショナル ジオグラフィック』誌の編集者になったとの知らせをもらいました。これはラッキーと、「今度アフリカに行くから、僕の写真を使ってよ」と手紙を送ったところ、「とんでもない!『ナショナル ジオグラフィック』誌掲載の競争率は極めて厳しく、友人だからといって載せられるものではない」との返事。「何くそ!」と思いました。そして、アフリカから帰国後、写真集『セレンゲティ』を出版すると、それを彼に送ったんです。すると、「今すぐ、アフリカで撮影した写真を持ってワシントンD.C.に来い!」という電報(メールのない時代ですから)が届きました。「人の写真を見たいなら、そちらから出向くのが筋だ」と返事すると、「写真を3,000枚選んで、すぐ来てほしい。飛行機もビジネスクラスの経費を出すから」とのこと。それで、行くことにしました。
彼を訪ねてびっくりしました。ヒラの編集者なのに、自分の部屋を持っている。その部屋で彼と二人、2日間で3,000枚を300枚に絞りました。驚いたことに、僕と彼のセレクトは90%以上一致しました。3日目、その300枚をスライドプロジェクターで見られるようにして、会議室に持っていきました。編集長以下6人ぐらいのスタッフもいました。緊張感が走ります。編集長がプロジェクターのスイッチを持ち、映写が始まりました。彼は、1枚につき3秒ほどしか見ず、どんどん映写を進めていきます。映写はアッという間に終わりました。編集長が発したのは、〝good!〟というひと言だけ。これはダメだなと思い、落胆して友人の編集者と部屋に戻ると、彼はドアを後ろ手で閉めるなり、僕の両手を握って〝おめでとう!〟と言うではありませんか。編集長の口から〝good!〟という言葉を聞いたのは、初めてとのこと。その後、40ページの特集が決定しました。
表紙に選ばれたこの写真は、特に気に入ってくれた一枚。80年代までライオンの写真は、両眼が見えていないと、つまり正面を向いていないと、ライオンじゃないと言われていました。でも、この横向きのライオンの親子は、まさしくライオンだ、と。野生動物の写真に新たな境地を開いたと評価されました。

セレンゲティの色彩が、緑から茶色へ。

セレンゲティは一年のうちで雨季と乾季を繰り返し、その様相は全く異なります。僕が1年半にわたってセレンゲティに定住することにしたのは、そのサイクルのなかに実際に自分の身をおき、季節ごとにさまざまなドラマを見せる野生動物たちの、ありのままの姿を捉えたかったからです。
雨季はグリーンを敷き詰めたようだった平原に、徐々に茶色が混じり、まだら模様になってくると、セレンゲティにまた乾季が訪れます。このシマウマの写真はその頃のもので、午前8時くらいに撮影しました。セレンゲティでは毎日午前8時くらいに風が吹き始め、風の方向は季節によって変わります。このときも平原に熱い乾いた風が吹き、シマウマたちが動くと、猛烈に砂埃が舞い上がり、前が見えなくなるほどでした。植物は枯れてしまい、草食動物であるシマウマたちは食べるものが減って、スリムな体型になっていきます。そして、彼らは食べ物を求め、セレンゲティから肥沃な草原のある場所へと移動していくのです。

IWAGO'S COLORと呼ばれる一枚。

これは、僕が最も好む光の一瞬を捉えた写真です。手前は、一直線になって湖に入っていくヌーの群れ。そのあたりは明るく光が降り注いでいます。空に目を向ければ、数㎞先まで雨雲が迫ってきて、どんより暗く垂れこめています。この光の対比が、写真にコントラストを生み出してくれます。そして雨雲の前を、目にしみるほど白いアマサギが翼を広げて飛んでいく。絵的にも素晴らしい一瞬でした。海外メディアは、独特の色彩と深みのあるコントラストをもつ僕の写真をIWAGO'S COLORと紹介してくれましたが、この写真はその始まりのような一枚かもしれません。自然光というのは自分の思うようになるわけではありませんから、僕は対象物に意識を集中しながら、光の変化をつねに鋭敏に感じとって撮影しています。世界各地を回ってネコの撮影をするときも、手前に光が当たって背景に雨雲があるような絶好の光になったときは、「おー、来た来た来たー!」と心の中で叫んでいます。

よく見てください。いままさに、ヌーが出産します。

お気づきでしょうか?この写真の左側、半分だけ写っているのヌーのおしりのあたりから、何かが出ているのが見えます。実はこれ、ヌーの赤ん坊のひづめ。この写真、ヌーのお母さんが、まさにいま出産しようかという瞬間なのです。一緒に歩いている子供も生まれたばかりで、まだヘソの緒がついています。雨季にセレンゲティにやって来たヌーは、雨によって毎年違うのですが、1月か2月、ほぼ2週間にわたって出産シーズンを迎えます。ひとつの群れのなかで、1頭のメスが子供を産み落とすと、また次の1頭がというように、次から次へと連鎖反応的に出産し、数十万頭という子供が生まれます。それは、ある日突然、セレンゲティの地面から、子供たちがあふれ返ったような感じ。それまでは緑の中に、成獣たちの黒っぽい姿だけだったのですが、子供たちのベージュ色がにぎやかに混じります。ハイエナやライオンの犠牲になる子供たちもずいぶんいますが、それでも数が減ったようには見えません。他の草食動物たちの出産もこの時期に多くなり、セレンゲティ平原はまさに生命の豊穣!といったおもむきです。