品質でブランドをつくる「鏡枠ユニット」

現場に赴き・考え・解決する姿勢が、グローバルなスタンダードを生む

立ち上げ当初の中国工場は「鏡枠(きょうわく)ユニット」の低歩留まりはあたりまえの状況であり、大きなロスを発生させていました。

そこで全社プロジェクトを発足させ現場データと設計値を徹底的に突き合わせることにより、100%近い直行率を達成したのです。今では「鏡枠ユニット」を外販提供できるまでになり、他社も認めるブランドに成長しました。

エキスパートたちが解像力の高直行率へと挑戦する

1980年代後半、銀塩カメラは低コスト化の波を受け、中国工場へ生産移管するようになりました。1998(平成10)年に中国工場へ移管された「μZOOM140」もその一機種です。当時、レンズと枠で構成される「鏡枠」ユニットの生産ラインでは、解像力の直行率に苦しんでおり、そのロス費用も非常に大きかったのです。

シンセン工場での「鏡枠」ユニット製造の様子。作業服を着た数人の従業員が作業を行っている。
「中国で成功した企業」とされるオリンパスのシンセン工場

解像力とは被写体の細かな部分をどこまで再現できるかという、カメラの生命線ともいえる性能です。当時、技術・開発部門がローカルスタッフとともに現場で対策を考え育成するといった風土や検討インフラはほとんどなく、工場だけでどうなるものでもありませんでした。

1999(平成11)年、危機感を覚えた事業部門のトップから「解像力列外不良0(ゼロ)」との大号令が発せられ、「解像力不良」を一気に短期間で撲滅するため、全社横断的な対策プロジェクトを発足させました。工場技術部門、生産技術部門、光学設計部、カメラ設計部、品質保証部、海外工場から、各エキスパートが参画しました。プロジェクト活動の目標は、解像力の直行率100%を目指すものでした。

現場データと設計値を徹底的に突き合わせることから対策方法を見いだす

プロジェクト活動は現場の実態調査から始まりました。解像力不良の原因は複雑に絡み合っているため、「構造解析」により、さまざまな角度からの現状調査を行いました。

「構造解析」とは現場から得られる「中間品質(中間特性)」などの工程能力データと設計値(理論値)との差を徹底的に検証する手法です。それは、部品を一点一点測定し、「部品の工程能力」「生産ラインでのビス一本の締め方」「生産で使用されている治具の精度」「工程で使用している組み立て作業標準書の保証方法」の調査にまで及びました。長時間の気の遠くなる作業でした。

次にこれらのデータを設計面から分析/検証を行いました。「光学特性」「メカ設計」「品質機能展開図」「シミュレーション解析」に至るまで、徹底的に現場データと設計値の突き合わせが行われました。

その結果、92項目の問題点を抽出し、対策として35テーマを挙げました。対策方法が見いだせず現場へ何度も足を運ぶこともありました。この35テーマを遂行するために7つのワーキンググループを設けました。そして、すべての活動は「品質機能展開図」に基づく「中間特性での品質保証」に集約されたのです。

検討方法の共有化とOJTが日中スタッフの信頼関係を形成する

プロジェクト運営のポイントは、日本と中国という検討チームの距離をいかに縮めるかにありました。

プロジェクト運営は日本と中国に分かれて行われましたが、最終的には中国工場で維持管理できる仕組みの構築にありました。そのためプロジェクトメンバーは日本での検討結果を定期的にローカルスタッフと共有すると同時に、中国工場に張り付き、ローカルスタッフとともにあきらめず、粘り強い取組みを継続しました。ひとつひとつの対策を製造ラインへ反映していき、プロジェクト活動から9カ月後、「μZOOM140」は当初の目標値を達成しました。

この取組みは「μZOOM140」に限らず他の製品でも水平展開され、その結果、「中間特性での品質保証」における測定方法や評価方法を体系としてローカルスタッフが自ら実践できるようになりました。このことはさらに日中双方での「やればできる」という大きな信頼関係の形成にもつながっています。

ともに徹底した品質追求が海外工場の成長と成功を呼び込む

この取組みは、中国工場のなかで他機種へと水平展開され、それらにおいても直行率は劇的に向上しました。こうした活動成果はこの後、カメラの事業部のなかで「課題をいかに源流である設計段階から押さえるか」という活動にまで発展しました。

シンセン工場での「鏡枠」ユニット製造の様子。作業服を着た数人の従業員が作業を行っている。
シンセン工場

今では「鏡枠ユニット」を外販提供できるまでになり、競争力がある事業となっています。徹底的に品質を追求した結果、他社も認めるブランドに成長しました。

関係者はあの当時のコツコツとひとつひとつ確認していった気の遠くなる作業を思い出します。そしてオリンパスの中国工場は世界に誇れる工場になったことを実感します。