プロフィール

岩合 光昭

岩合光昭(いわごう みつあき)は、東京都出身の動物写真家。父は日本における動物写真家の草分け的存在と言える、岩合徳光氏。世界的なネイチャー雑誌「ナショナルジオグラフィック」の表紙を2度にわたって飾った、日本でただ一人の動物写真家(2018年9月現在)です。

国籍 日本
生年月日 1950年11月27日
出身地 東京
血液型 B型
身長 170cm
言語 日本語・英語
最終学歴 法政大学経済学部
師匠 岩合徳光

人物

少年期より写真に親しむ。大学在学中の1970年、動物写真家である父・岩合徳光とともにガラパゴス諸島を訪れ、自然の美しさに感動したのが契機となり、卒業後、動物写真家として活動を始める。

以後、世界中のあらゆる地域をフィールドに野生動物や大自然を撮影し続けている。独特の色とコントラストを持つ作品は、海外メディアからIWAGO'S COLORと賞賛されたこともあり、ナショナルジオグラフィック誌をはじめとする海外のメディアでも数多く特集されている。また野生動物だけでなく、身近な動物であるイヌ、ネコも撮影し続けており、数多くのファンを獲得している。

1982年~84年までアフリカ・セレンゲティ国立公園に家族と共に滞在、その時の取材をもとにした写真集『おきて』は全世界で20万部を超えるロングセラーとなっている。また、表紙のライオンの親子の写真は、日本人写真家として初めてナショナルジオグラフィックの表紙(1986年5月号)を飾り、以後1994年12月号でも雪玉を抱えた子ザルの写真が表紙になっている。

デジタルカメラは1997年から使用し、山梨県小淵沢町の自宅周辺の自然をデジタルカメラで1日1枚366枚撮り続けたデジタル写真集「岩合光昭デジカメ日記」(平凡社)を刊行。

1989年よりVTR取材を開始。NHKとのパートナーシップで「MITSUAKI IWAGO'S NATURE WORLD」を制作。番組はビデオやDVD化され、その後もさまざまなハイビジョン番組を撮影している。2001年秋から1年ほどかけて、カナダ北極圏にてホッキョクグマをはじめ極北のさまざまな動物たちをハイビジョンカメラとスチールで取材。そのハイビジョン映像は2002~2003年の3回にわたりNHK衛星ハイビジョン番組「岩合光昭の新たな挑戦~極北の大自然~」として放映され好評を博した。また、2003年夏~2004年春には中国取材に取り組み、2004年秋~2005年にNHK衛星放送及び総合波で、野生のジャイアントパンダ、キンシコウ、トキなど最新映像の番組が放映されている。

2001年にWebサイト「デジタル岩合」を開設。2018年9月「IWAGO –動物写真家 岩合光昭-」としてリニューアルし、世界中の動物たちの写真とあわせて、撮影取材記などを公開している。

現在も、世界中で精力的に取材をし続けており、地球上の生き物すべてのいのちを脅かす地球環境の急激な変化と影響を自身の目で見つめ、さまざまなメディアで伝え続けている。

  • 主な受賞
    • 1980年 第5回木村伊兵衛写真賞 (1979年度・「海からの手紙」(写真集・アサヒグラフ連載))
    • 1985年 講談社出版文化賞(写真賞)
    • 1985年 日本写真協会年度賞
    • 2008年 児童福祉文化賞(「地球動物記」に対して)
    • 2009年 第33回野口賞(芸術・文化部門)
  • テレビ(ムービー/TV番組撮影)

    NHK

    • ウオッチング 「ラッコの肝っ玉かあさん」(1985年)
    • ウオッチング 「トラなんかこわくない・インドの鹿サンバーの防衛術 」(1986年)
    • 地球ファミリー 圧巻!クジラのエサとりをとらえたハワイ・アラスカ(1990年)
    • 地球ファミリー 疾走!チーター親子の狩りを見た(1990年)
    • NHKスペシャル 生中継ガラパゴス・生きものたちの王国(1995年)
    • 大自然スペシャル~動物カメラマン 野生へのまなざし~氷原の王者ホッキョクグマに迫る(2003年)
    • NHK大自然ドキュメンタリー「カメラマン岩合光昭 極北を撮る」(NHK-BS)
    • 岩合光昭の世界ネコ歩き(2012年8月6日~ /NHK-BSプレミアム)
  • その他(審査員等)
    • 日経ナショナルジオグラフィック誌写真コンテスト審査委員(創刊当時~2005年)
    • ネイチャーフォトコンテスト「岩合光昭写真賞」審査(富山県福岡町ミュゼふくおかカメラ館様主催)(2000年~2009年)
    • 2003年度 世界報道写真コンテストの審査(世界報道写真財団/本部オランダ)の招聘
    • 2003年国際映像テレビ祭(カナダ開催)ハイビジョン番組制作のセミナー講演会
    • 日本テレビ「世界一受けたい授業」出演4回
    • TOKYO-FMレギュラー番組「Heart Sharing --- 岩合通信」(2005年10月~2008年6月/毎週日曜放送)
    • 木村伊兵衛写真賞 選考委員(2010年度~2016年度)
    • WWFジャパン 顧問(2010年~)
  • 岩合家のネコ

    海ちゃん(Kai Chan)

    女の子で、30年以上前に、岩合さんと初めて一緒に暮らしたネコです。東京のお寺で一目で気に入り、住職の夫人にお願いして岩合家へ来てもらったそうです。夫人は「この子のようにもらわれて幸せになる子もいます。可愛がっていただきなさいね」と海ちゃんの頭をなでておられたそうです(「海ちゃん」新潮文庫・「ママになったネコの海ちゃん」ポプラ文庫)。おてんばですが、岩合さんの写真のモデルにたくさんなってくれました。世界のネコを撮り続けている岩合さんは、海ちゃんに似ている模様のネコを見つけると、思わず「海ちゃん!」と呼びかけてしまうことがあるそうです。

    にゃんきっちゃん

    岩合さんの娘さんのネコです。全身真っ白で、眼がくりっとした男の子です。小さい時に前足をウマにくわえられて、肉球をひとつ失ってしまいました。にゃんきっちゃんは、そのことを人に言うのを聞くと不機嫌になるそうです。

    柿右衛門(Kakiemon)

    キリッとした顔の三毛の女の子です。出会いは、八ヶ岳の麓の岩合家へ野良としてやって来たのが始まりです。なかなか家の中まで入ってくれるネコには出会えません。彼女はいつの間にか仲良くしてくれて、岩合家の一員になりました。木登りも得意で、今まで知らなかったネコの世界を岩合さんに見せてくれた野性味あふれるネコなのです。文庫「ネコさまと僕」(新潮社)の表紙の岩合さんのまぶたを押しているのは柿右衛門です。

    ケナ

    岩合さんが、毛の長いネコと暮らすのはケナが初めてです。見た目には気品を感じますが、気取ったところは微塵もなく、ネコ本来の魅力を見せてくれるそうです。岩合さんは毛の長いネコに憧れていたそうです。

  • 岩合語録

    「アニマル度が上がる。」

    2008~2009年頃にトークショー等でよく使っていた言葉。岩合さんは撮影のとき自身の「勘」で撮影位置を決める事が多く、その「勘」が当たって素晴らしいカットが撮れることは稀ではない。この勘が鋭くなる事を「アニマル度がまた一段と上がった」と表現した。岩合さんは普通の人たちより間違いなく「野生の勘」=「アニマル度」が高いと思われる。

    「ネコの道は、ヒトの道に通じます。」

    写真集「そっとネコボケ」(小学館)の帯に使われたフレーズ。

    「ネコの動きをみれば、ヒトの動きがみえてくる。」

    写真展「ねこ歩き」の時に使われたフレーズ。

    「この星に、ネコがいる幸せ。」

    写真展「ねこ」の全国巡回展の時に使われたフレーズ。

    「ネコが幸せになればヒトも幸せになり、地球も幸せになる。」

    写真集「ちょっとネコボケ」(小学館)の帯に使われたフレーズ。後に写真展の広告やポスターにも使われた。

    「家族、いのち、地球…みんな、どこかでつながっている。」

    写真展「どうぶつ家族」の時に使われたフレーズ。写真集「どうぶつ家族」(クレヴィス)の帯には「どこかでつながっている」と一部が使われた。

    「ネコは小さなライオンだ。」「ライオンは大きなネコだ。」

    写真展「ネコライオン」の時に使われたフレーズ。写真集「ネコライオン」(クレヴィス)の帯や本編にも使われている。

    「いいこだね~」

    「岩合光昭の世界ネコ歩き」(NHK-BSプレミアム)の番組内での岩合さんが被写体のネコちゃんにかける言葉。1回の収録に何度も言われるので話題になる。ある時、人間の小さな男の子を岩合さんが褒めようと「いい子だね~」と言ったら、「僕はネコじゃない!」と怒ってしまったことがあるそうです。

  • 撮影取材年譜 < >内は撮影取材地

    20代

    1970年(昭和45)20歳
    <ガラパゴス>動物写真家の父・岩合徳光の助手として同行。初めての海外旅行。ガラパゴスで20歳の誕生日を迎える。「特別なところではなく、動物たちが普通に生きる普通の場所だ」と思う。ガラパゴスを立ち去るとき写真家になろうと決める。
    <メキシコ><ヨーロッパ>読売新聞社の取材で各国の動物園をめぐる。

    1971年~1972年
    <インド>出版社の就職試験の面接をさぼって岩合徳光のトラの取材に同行。
    <アフリカ北部・東部>徳光氏の助手としてウガンダ、ケニア、タンザニアをまわる。はじめて見る野生のゾウやキリンは、広大な風景のなかでとても小さく見えた。それらがゆっくりこちらに近づいてくると、とてつもない大きさに驚いた。

    1973年
    法政大学経済学部卒業<オーストラリア/ニュージーランド>

    1974年<南極>
    長さ数10メートルにもおよぶ氷山など、今までの物差しがまったく通じないスケールの大きさに圧倒される。初めてクジラに出会う。その息の生臭さにクジラは魚ではなく、動物なんだと実感する。

    1974年
    <南アメリカ(アマゾン)、北アメリカ(ロッキー山脈)>

    1975年
    <北極圏(カナダ側)><アフリカ東部><北アメリカ(ロッキー)>写真家として初めてひとりでの取材。写真を撮るプレッシャーを感じる。

    1976年
    <北極圏><マダガスカル><アフリカ東部>

    1977年
    <北極圏(北欧側)>

    30代

    1978年~1981年
    <北アメリカ(フロリダ、メキシコ)><ガラパゴス(81年5~6月)><インドネシア><オーストラリア><南極、北極圏><アフリカ南部><中南米(カリブ海)><フランス><中国>レイチェル・カーソンの「我らをめぐる海」にインスピレーションを得、海をテーマに週刊誌に「海からの手紙」の連載を始める。この企画のため、世界中(およそ40カ国)を駆けめぐる。この仕事が写真家としての土台となる。週刊誌で2年3ヵ月120回にもおよぶ長期連載となり、連載中に木村伊兵衛写真賞を受賞する。1978年、トビイカの撮影に成功。

    ・写真集:「北極」(講談社1978、岩合徳光と共著)/「愛する猫たち」(講談社1978)/「海からの手紙」(朝日新聞社1981)を刊行(その後「海からの手紙」で第5回木村伊兵衛写真賞受賞)。

    1982年~1984年
    <アフリカ東部(タンザニア)>世界中を駆けめぐった前作とは逆に"定点観測"をしたいと思い、タンザニア・セレンゲティ平原へ。"食物連鎖"をテーマに1年半の長期取材を行う。滞在3ヵ月ほどたったある日、車が壊れ、カメラも持たずひとり平原を30キロ以上歩く。ジャッカルが自分のまわりをうろつき、足もとからライオンが逃げていく光景を目のあたりにして「これまで自分はいったいなにを見ていたのか、“こういう写真を撮ろう”と頭のなかで考えていたことがいかに間違っていたか」と強く感じる。その日以降、自然と向き合い、ファインダーを覗くスタンスが変わる。「とにかく見ること。そして自分の体全体で動物を見ること」の重要性に気づく。

    ・写真集:「セレンゲティ」(朝日新聞社1984)/「サバンナからの手紙」(朝日新聞社1985)/「海ちゃん ある猫の物語」(講談社1984)/「子犬Part1」、「子犬Part2」、「子犬Part3」、「子犬Part4」(山と渓谷社1982-1986)を刊行。

    1985年
    <北西ハワイ諸島>

    1986年~1988年
    <オーストラリア>再び家族とともに、建国200年というオーストラリアで2年3ヵ月におよぶ長期取材を行う。国土のほとんどが牧場で、点々としか自然が残っていない現状を目のあたりにし「オーストラリアにはすでに自然はない」と思う。そして今なお破壊が続いている場所もあり“自然と人間のかかわり”について考える。

    ・写真集:「おきて」(小学館1986)を刊行。

    1989年
    <ハワイ諸島><アラスカ><日本(小笠原諸島)>クジラをテーマに取材を行う。初めてクジラに出会ったときから考えていたテーマ。NHKとの取材でスチール写真だけでなくVTRで動画も撮影するようになる。以降、それまでの取材で温めてきたひとつひとつのテーマを丁寧に追うようになる。

    ・写真集:「Australia オーストラリアの動物」(朝日新聞社)を刊行。

    40代

    1990年
    <アラスカ、オーストラリア>

    ・写真集:「クジラの海」(小学館)を刊行。

    1991年
    <南極>南極にすむペンギンを知るには同じ地面に寝なければわからないだろうと、南極大陸で3週間のテント生活をする。

    1992年
    <アフリカ東部><ニュージーランド>

    ・写真集:「ペンギン大陸」(小学館)/「カンガルー時間」(小学館)を刊行。

    1993年
    <アフリカ南部(ボツワナ)><北アメリカ(カナダ)>

    ・写真集:「子いぬたち」(山と渓谷社)/「ネイチャーコールズ」(小学館)を刊行。

    1994年
    <アフリカ南部(ボツワナ)><日本(上信越高原国立公園)>本格的にニホンザルの取材を始める。「日本でやるならサル」と決めていた。
    <ガラパゴス><ギリシャ>世界の都市に生きるネコをテーマに取材を始める。以後、4年間で地中海6ヵ国のネコを撮影する。

    ・写真集:「氷のゆりかご」(小学館)を刊行。

    50代

    2000年
    <オーストラリア><日本(小淵沢)>20世紀最後の年に、一日一枚、小淵沢を中心に身近な自然をデジタルカメラで撮影する。

    ・写真集:「ニッポンの猫」(新潮社)/「地中海の猫」(新潮社)を刊行。

    2001年
    <エジプト><モロッコ><オーストラリア><ベトナム><カナダ極北><日本国内>前年のオーストラリアを皮切りに世界の家畜を取材する。

    ・ウェブサイト「デジタル岩合」がスタート。

    ・写真集:「岩合光昭デジカメ日記」(平凡社)を刊行。

    2002年
    <カナダ極北><日本国内>ホッキョクグマを中心とした野生動物とツンドラの大自然をハイビジョンカメラとスチールカメラで収める。映像はNHKで放映され好評を博す。特にヒメヤナギランの花畑にやってきたホッキョクグマの写真と映像は強烈な印象を残した。

    ・写真集:「地球の宝石PRICELESS」(竹書房)/「たくましく育ってほしい」(新潮社・文庫)/「きょうも、いいネコに出会えた」(日本出版社)を刊行。

    2003年
    <中国><カナダ・ロッキー山脈><日本国内>NHKシリーズ番組制作のため中国山岳地帯で長期ロケ。野生のパンダの親子の撮影に成功。

    ・写真集:「ホッキョクグマ」(新潮社)/「ニッポンの猫」(新潮社・文庫)を刊行。

    2004年
    <中国><日本国内>前年に引き続きジャイアントパンダの他、キンシコウ、トキをハイビジョン映像とデジタルカメラで撮影。映像はNHKで放映され好評を博す。
    <南アフリカ><カナダ・ロッキー山脈>春を迎えたばかりの南アフリカケープ地方の大地に咲き乱れるワイルドフラワーと動物を撮影する。

    ・写真集:「猫さまとぼく」(平凡社)/「ハルウララ」ポストカードブック(オーエス出版)を刊行。

    2005年
    <日本国内(奈良、長野・地獄谷温泉)>フジの花とニホンジカ、ヤマザクラとニホンザルを撮影。
    <イタリア(シチリア州・トスカーナ州・ピエモンテ州)>ハチミツの産地をめぐり、野の花と“世界最古の家畜”といわれるミツバチ、はちみつの採取を取材する。