ドクターやナースが気づいていない問題の解決にデザインの視点から挑戦外科手術用内視鏡システム

手術で使われる医療機器に求められるのは、カタログのスペック表に記載できる機能だけではありません。たとえば、外科手術用内視鏡システムであれば、バックヤードから手術室への搬入、セットアップ、手術、そして機器の撤収という一連の作業を通じた使いやすさも大切な要素です。ときにはドクターやナース自身が気づいていない問題を発見し、解決に向けて挑戦することがデザインに期待される役割になります。

進歩する外科手術用内視鏡システム

近年、内視鏡を使った外科手術が広がりを見せています。従来は開腹手術が一般的だった症例でも、内視鏡による外科手術を選択できるようになりました。開腹手術ではおなかを大きく切って、ドクターが患部を直接見ながら手術するのに対し、内視鏡外科手術ではおなかに小さな穴をあけて内視鏡を挿し、モニター画面を観察しながら手術します。

この手術方法は、患者さんにとって大きなメリットがあります。おなかを大きく切らないため、術後の回復が早く、早期に社会復帰できるとされています。その一方、ドクターには高度な技術と集中力が必要になるとされています。
ドクターの負担を軽減するため、オリンパスでは常に新しい技術を取り入れた製品を開発してきました。たとえば3D(3次元)内視鏡。これによって、モニター上でも奥行きが把握しやすくなり、患部の切除や血管封止などの施術がしやすくなることが期待されています。また、4Kに対応した高解像度システムにより、これまでのフルハイビジョン以上に細かく患部を観察できるようになりました。また、IR(赤外光)システムにより、肉眼で見るよりも分かりやすく、血管や血流などを観察できるようになりました。


NBI観察技術イメージ

さらに、オリンパスにはNBI(狭帯域光観察)という独自技術もあります。これは特殊な光を用いることで、毛細血管の集まりやそのパターンなどを鮮明に表示する観察手法のことで、がんなどの早期診断に貢献することが期待されています。
こうした新しい技術開発とともに、デザインも医療機器の進歩を支えています。医療に携わるドクターやナースに満足していただくために、オリンパスでは開発初期段階からデザイナーがかかわって使いやすい機器を世の中に送り出しています。

4台の機器を1台に集約

現行の3D技術を用いた外科手術用内視鏡システムは、従来製品と比べて大きく進化しました。4台で構成されていた機器を1台に集約したのです。それまでは画像処理などを行う3Dビデオプロセッサー、光を送り込むための光源装置に加えて、3D用内視鏡に接続するビデオシステムセンター2台で計4台の機器が必要でしたが、それらを1台に集約しました(4K、IR対応システムは除く)。
これには、さまざまな狙いがありました。たとえば、バックヤードから手術室に機器を運搬するときの負担の軽減、手術室における省スペース化、スタッフの動線の改善などです。しかし、機器を集約するだけでこうした目的が達成できるわけではありません。そこにはデザインの視点が不可欠です。ここからは、(1)ハードウェア、(2)GUI(グラフィカルユーザーインターフェイス:画面上に配置されたボタンやアイコンなどを操作する方法のこと)の2つに分けて、デザイン上の工夫をどのように反映させたのかをご紹介します。


外科手術用3D内視鏡システム


4台の機器を1台に集約した、外科手術用3D内視鏡システム

ハードウェアはメンテナンス性にも配慮

新しいビデオシステムセンターは、これまでの機器との整合性を図りつつ、より使いやすいデザインにすることが必要でした。この機器には映像情報を伝送するビデオスコープ、光を導くためのライトガイドなどのケーブルが装着されます。これらが機器の操作を邪魔することがないように、ケーブルがつながる部分は左側に、機器の操作パネルは右側に配置しています。配色は、医療機器としての清潔感が感じられるように白をベースにしていますが、操作部は色調を落としたダークトーンとすることで、ドクターやナースが瞬時に操作部を認識できるようにしています。
また、液晶画面はユーザーが見やすく操作しやすい角度に設定し、上方から見ても本体が液晶を隠すことがない形状にデザインしています。さらにメンテナンスのしやすさも重要です。例えば、ふき取り面の「谷」になる場所の角の丸みに配慮したデザインにすることで、ナースが消毒のために機器をふき取る際の作業効率の向上に貢献しています。

GUIの基本コンセプトを練り上げる

操作系のデザイン検討には、新しいアプローチで臨みました。従来のシステムでは、キーボードと本体前面のスイッチを用いて内視鏡観察モニターに表示される画面を見ながら操作していましたが、今回のシステムではタッチパネルを用いた操作方法を採用し、ドクターやナースへより直感的な操作性を提供することを決めました。
デザインの初期段階では、以下3点の基本コンセプトの抽出をしました。(1)操作を迷わせない、(2)間違った操作をさせない、(3)操作する人に身体的・精神的負担を与えない。これらは一見すると当たり前のようなことばかりですが、実際に製品開発が始まると、優先順位を巡って混乱する局面が必ず出てきます。そのようなときに立ち返ることができる基本コンセプトはとても重要なのです。

段階的にGUIデザインを作り込む

機器にソフトウェアを組み込むまでには、大きく3つのステップを踏んでいます。
第1段階は、情報構造の検討です。タッチパネルを用いたGUIでは、どのような情報構造にして機能を分類するか——すなわちトップ画面に何を配置し、そこからどのように画面を遷移させるかが重要なポイントになります。そこで過去の製品について寄せられたユーザーからの要望などに基づき、「この機能はトップ画面に出したい」「ここは情報を削ってでも操作を優先したい」といった意見を出し合いました。情報構造を視覚化し確認するために、まずはワイヤーフレームでボタンや表示領域を描き、検討しています。開発工程が進むとデザインの修正が困難になるため、この段階で時間をかけて十分に検討を行っています。


初期のワイヤーフレーム

第2段階では、シミュレーターを作成し、画面遷移やボタンの状態変化といった動きも含めた検討をしています。シミュレーターは、PCで動作するように作成し、タブレットPCなどを使って操作の流れを確かめます。最初はワイヤーフレームのシンプルな画面で検討を行い、次第にアイコンや文字サイズなどのグラフィックス要素の完成度を上げていきます。
第3段階は、実際の機器に組み込むソフトウェア向けにGUIデザインを精緻化していきます。意図したデザインが実機できちんと再現できるかを確認し、色味や細かいレイアウトの調整をしています。


シミュレーターを使ったホーム画面デザインの変遷

海外からも意見聴取してデザインを改善

デザインのプロセスでは、社内外の人々による評価が欠かせません。そのため、第2段階以降では、さまざまなかたちで意見聴取をしています。社内の開発スタッフや現場に詳しい人がドクターやナースの役割を受け持ち、実際の流れに沿って手術シミュレーションもしています。こうした過程で新たな課題を発見し、それを修正する作業を繰り返しています。
たとえば、「間違った操作をさせない」という基本コンセプトがあります。しかし、タッチパネルでは不用意に指がパネルに触れてしまう可能性があります。そこで重要な機能については、確認画面を挟んだり長押し操作を取り入れたりして、間違った操作をしてしまうことを回避する工夫をしています。

シミュレーターを使った評価の中で、一部のユーザーがボタンでなく設定値を示す数値や文字を直接押すことが確認されました。その結果から反応エリアを見直し、文字を押そうとした場合も反応するようにしました。同様に、「+」ボタンと「−」ボタンが並んでいる場所ではボタンの端を押す人がいることがわかったため、反応エリアをすこしボタンの外側に広げるといった調整を行っています。
また、この機器を使うのはドクターやナースだけではありません。メンテナンスを行うオリンパスのサービスエンジニアもユーザーです。そこでサービスエンジニアが使うメニューについてもヒアリングを繰り返し行い、メンテナンス時の作業効率があがるように配慮をしています。

オリンパスの機器は世界中の人々に使用していただいています。そして多くのユーザーがストレスなく利用できるように、わかりやすいアイコン表示や、約30カ国もの言語に対応しています。さらに、ボタン上に入る文字数は決まっているので表示可能文字数を明示し、その範囲内においての多言語対応をする配慮をしてもらっています。これらの活動は各国を回ってドクターやナースの評価をいただき、さまざまな文化的背景を持つユーザーが違和感なく使えるように配慮しています。

開発初期からデザイナーがかかわることの意義

オリンパスでは製品の開発初期段階からデザイナーがかかわって、より使いやすさに配慮した製品作りを進めています。デザイナーは、これまで常識だと思われていたことに、新しい光を当てる役割があります。ドクターやナースにとっては当たり前になっていることでも、もっと使いやすくできるのではないかという視点からユーザーの振る舞いを見ています。
そのために、たとえば作業の流れやどのような姿勢で機器を操作しているのかといった身体の動きにも着目します。たとえば、ナースがモニターを見ながら機器を操作するために視線を上げることや、上体をひねるようなことがあります。ナースにとってはいつもの作業なので、聞き取り調査をしてもそれに対する不満が出てくることは多くありません。しかし、そうした姿勢をとらずにすむデザインにすることで、身体的負担を軽減させることができます。そこで、実際の手術に立ち会う機会があるときは、しっかりと観察して、こうした潜在的な課題を発見するように努めています。
このように、オリンパスではドクターやナースが気づいていない部分まで配慮した使いやすい医療機器をデザインし、世界のユーザーに低侵襲、早期発見につながる機器を提供することで、患者さんのQOL(Quality of life:生活の質)の向上に貢献しています。