世界中の人々の暮らしに大きな影響を及ぼしているCOVID-19。医療現場への影響も大きく、内視鏡検査や手術を待つ患者さんへの影響も深刻です。
『世界の人々の健康と安心、心の豊かさの実現』を存在意義とするオリンパスは、コロナ渦における内視鏡医療に対して何ができるか模索しました。
答えの一つが、より安全・安心な診療環境を実現して感染リスクの低減を目指す内視鏡用防護具の開発でした。
この取り組みを、二回に分けてご紹介します。

鼻・咽喉頭の内視鏡検査における使用イメージ
コロナ渦で止まりかけた医療

松脇由典氏(医療法人社団恵芳会 松脇クリニック品川 理事長 医学博士)
COVID-19の影響は、内視鏡医療にも深刻な影響を及ぼしました。ある臨床論文※では、内視鏡検査の回数が、世界55カ国で83%も減少していると報告されています。今回の内視鏡用防護具の共同開発にあたったドクターの1人、松脇クリニック品川の松脇由典先生は、COVID-19感染拡大状況下での内視鏡検査・手術の状況を次のように語っておられます。
「日本では4月の緊急事態宣言発出後、各内視鏡学会が、『緊急性のない手術は先送りにする』『手術する場合は防護具をフル装備して行う』というような指針を出しました。COVID-19に対する情報の少ない時点ではやむを得ない判断とは言え、医療をしないことで感染を防ぐという『医療萎縮』が起き、本来するべき手術ができない状況になっていました」
内視鏡検査を止めることのリスク
内視鏡検査や手術の滞りは、患者さんに大きな不利益をもたらします。時には、取り返しのつかない状況が起きかねないと松脇先生はおっしゃいます。「私が専門とする慢性副鼻腔(びくう)炎では、適切な治療が遅れることによって嗅覚障害が進んでしまったり、原因となったウイルスや細菌が目や頭蓋に広がってしまったりするリスクがあります」
また、菊池先生は「消化管内視鏡の分野では、がんを早期発見する機会を逸してしまうことが、患者さんにとっての最大のリスクです」と説明されます。また、例えば胸やけや胃もたれ、胃の痛みなど、今まさに悩まされている症状がある場合、その原因解明が遅れ、症状からの解放が遅れることも患者さんにとっては辛いことだと、おっしゃいます。
内視鏡検査時の感染リスクを低減するために
患者さんに不利益をもたらす医療の停滞は、院内でのCOVID-19への感染リスクが原因です。内視鏡医療の場合、リスクは、検査や手術の際に発生する飛沫(ひまつ)やエアロゾルにあります。
松脇先生は、耳鼻咽喉科でのリスクを次のように説明されます。「鼻に内視鏡を入れると、ムズムズすることもあります。患者さんは目の前にいるわけですから、もしもくしゃみが出たりすれば、われわれが感染する可能性は極めて高くなります」。耳鼻咽喉科ではCOVID-19を引き起こすSARS-CoV-2が増殖する上気道を診ることもあり、大きな感染リスクを抱えています。
上部消化管内視鏡の場合、リスクは検査前の咽頭麻酔から検査後のデバイスの後始末にまで及びます。菊池先生は「咽頭反射などによる咳(せき)はもちろん、外に漏れ出る唾液や消化液、嘔吐(おうと)物なども感染源になり得ます。また、検査後は汚染された内視鏡が清潔であるべき環境に持ち込まれることになります。こちらは下部消化管内視鏡も含めた課題です」と指摘しています。
オリンパスにできることは何か?

一方、オリンパスではCOVID-19が猛威を振るっていた4月、グローバル・メドテックカンパニーとして提供できるソリューションを模索するためのタスクフォースを編成しました。医療現場へのソリューションを検討していたチームが、アドバイザリー契約をしている各医療施設をヒアリングしたところ、やはり検査・手術中の飛沫(ひまつ)やエアロゾルの飛散防止の重要性がクローズアップされました。松脇先生と菊池先生からは、飛散防止の具体的なアイデアも寄せられました。安全・安心な環境さえ実現できれば、医療は続けられる。オリンパスは、そう確信しました。
こうしてソリューションの方向性が決まりました。それは、飛沫やエアロゾルの飛散を防止する内視鏡用防護具を開発し、必要としている医療施設に提供していくというものでした。
内視鏡用防護具開発をスタート
内視鏡用防護具は、患者さんの顔やお尻を覆うマスク、内視鏡の挿入部を覆うドレープ、処置具を覆うドレープ、操作部を覆うカバーで構成されています。マスクには吸引ポートと換気ポートが備わっており、検査や治療時に発生する飛沫やエアロゾルを吸引することができます。また、吸引ポートと換気ポートは着脱式であり、各々の位置を手技により任意に変更することができます。吸引ポートはチューブで吸引器と接続して排出物を吸い出すとともに、換気ポートから空気が流入してくるため呼吸しやすい構造になっています。マスクとドレープはアタッチメントで簡単に接続でき、ドクターを始め医療スタッフは、挿入部に一度も触れることなく、内視鏡検査と治療を完了できるのです。
開発した内視鏡用防護具 左:上部消化管、呼吸器、耳鼻咽喉科用 右:下部消化管用
このプロジェクトの鍵は、なによりもスピードです。できるだけ短期間で開発し、できるだけ早く医療施設に届けなければなりません。しかし、開発するべき内視鏡用防護具は、オリンパスにとっても未経験領域のデバイスでした。
次回は、オリンパスにとっても初めてのチャレンジをどう進めていったか、ハードルをどう越えていったかを中心にご紹介します。
※ インタビューと撮影は、全員マスク等を着用し、ソーシャルディスタンスを確保するなど、COVID-19感染防止対策を講じた上で実施しました。