見える壁と見えない壁 「見える壁」~技術の壁~(前編)

メカニズムの壁を克服するには、
何が必要なのか、原点に戻って考えること。

まずは「見える壁」、この壁が仕事そのものであり、それを克服するには自分の力を発揮し、自分で解決する以外に道はありません。要するに自分の能力、アイデア力との戦いです。

たとえばハーフサイズの「ペン」カメラは、買いに行ってもどこにも売っていなかったので、作るしかなかった。私がずっと使っていたライカ「III f」は、サラリーマンの入社1年目の月給が、平均1万円という時代に24万円もする非常に高価なカメラでした。そのような時代に月給の半分で買えるカメラの開発に挑戦しようというのですから、当然さまざまな問題が生じてきます。

カメラである以上、最終的な勝負は撮った写真の出来ばえで決まります。ライカ「III f」のサブカメラとして持つことができるカメラを想定して「ペン」を作りました。それというのは、展覧会に出品してライカ「III f」で撮った写真と、私が設計した「ペン」で撮った写真を並べて展示しても、どっちのカメラで撮ったのか、すぐにわかるようではサブカメラとしての価値がない。サブでちょっと撮っておこうという方が、案外良いチャンスをとらえていたりするものですから、機能は限定されたとしても写りはしっかりしていなければなりません。

そこで、当初からレンズだけは最高のものを着けようと考えていました。ライカが採用しているテッサータイプのレンズを、あえて「ペン」に搭載しました。ところが「ペン」は6,000円のカメラですからね。高級レンズは原価的に大変な負担になります。もし企画会議などで議論になっていたなら、安いカメラに身分不相応な高いレンズを着けるなどの無謀な発想なので、「そんなのやめておけ」となったに違いありません。たまたまカメラ設計を勉強するための商品化計画のない研究用カメラだから、私の好きにさせてもらったわけです。結局、レンズにお金をかけすぎたのですけどね。新入社員の私にはまだ原価的バランス感覚もないし、おまけに原価計算もできない(笑)という状態からのスタートだったわけです。

販売価格を6,000円と仮定したのですから、高価なレンズを採用した以上、レンズ以外の部分で徹底的にコストを抑えるしかありませんが、なかなか思いどおりには進みませんでした。

まず歯車の数に注目しました。たとえば普通のカメラの場合、精密機械だから歯車がたくさん並んでいて、その歯車によって巻き上げの力を伝えるわけです。歯車は1枚ずつを削りだして作り上げるという非常に高価なものなので、できれば1枚も使わないようにしたかった。歯車を1枚も使わない精密機械のカメラなど作れるはずがないが、それでも努力した結果、2枚の歯車だけで作れることになりました。

そのコストダウンの一例をお話しましょう。フィルムカウンターは、撮影したコマ数を1目盛ずつ送るというものです。単純なようでいて、ギヤとメカニズムのかたまりでした。工場実習で見たのですが、1つずつ送るべき目盛が行きすぎてしまって、一気に2目盛分動いてしまったりするわけです。逆に1目盛も送れない場合もありました。間違いなく36コマの目盛を確実に送れるかどうか、工場で検査をするとなると、大変な時間がかかります。6、7人の検査員が並んで1台ずつ36回の送りをテストしなければいけない。そんな作業を目の当たりにして、なんとかこのコマ数計を単純化しなければいけないと思いました。「ペン」はハーフですから72コマとなり、1目盛あたりの幅がかなり小さくなって、精度と工数がさらに必要になり、コスト上重要な課題となります。

これまでのフィルムカウンターのメカニズムを追及していくと、理論上、先輩と同じ道を進み同じ答えにたどり着いてしまいます。それでは意味がありません。そんな時はもう一度原点へ、ゼロに戻って何をすればいいのかを考える必要があります。1コマ撮影するたびに、目盛を1つ送ればいいのだからと、思いついたのが2つのギヤを重ねることでした。下は普通のギヤで36歯、上には35歯の歯車です。下は36歯進めると1回転します。上も36歯進むのですが、35歯で1回転するので、さらに1歯余分に回転することになります。上下2つの歯車が1回転するたびに1歯ずれるので、このずれを目盛で表示するとコマ数計になると考えたのです。この目盛は歯車の歯の数で決まりますから、行き過ぎたり行き不足の目盛ずれなどなく、理論上は絶対に狂うことがありません。組み立て上でテストする必要もなくなります。従来のフィルムカウンターは、17部品も必要でしたが、この方式なら歯数の違う歯車1枚をのせるだけで、上の歯車は力を伝達することもなく、薄いプレスギヤですませ、コストがゼロに近いレベルでコマ数計ができました。コストをいかに下げるか、これが1つの良い例です。ここで大事なことは、そもそもコマ数計とは何かという原点に立ち返ってみたことです。

「ペン」の開発での苦悩はたくさんありました。以上のような見える形の技術的な壁を乗り越えての努力によって、価格を安くおさえることができました。

作らないと決めつつも、
設計構想を描いていたハーフサイズ一眼レフ。

「ハーフサイズの一眼レフは作らない」と、自分で自分に言い聞かせていました。だいたいみなさんもそうだと思うのですが、少し状況が良くなり始めると好奇心がわいて、よしそれなら…となってしまうものです。結果的に夢を追いすぎて、足元をかためきれず、限界を踏み外すことになるので、それを自分で戒めるためです。

一方、ペンカメラシリーズの展開に全力投球をしながらも、それでも万が一、ハーフで一眼レフを作ったらどうなるのか、そんな気持ちがあったことも確かです。仕事はいろいろあって忙しかったのですが、その合間をみて、また家に帰ってから余暇の時間を利用して、もしハーフサイズ一眼レフを作る場合はどうすればいいのかを考えていました。

35mmの一眼レフカメラというのは、光がレンズを通って像を結び、クイックリターンミラーで上部に反射され、さらにペンタプリズムを通って接眼レンズへと届きます。これが一眼レフの基本的な構造です。

フルサイズは36mm×24mmなので、クイックリターンミラーは24mmの短辺側を上に回転させることになります。ミラーの回転半径を24mmと短くして、レンズにぶつかるのを防いでいます。

ハーフサイズはフルサイズの長辺側を半分にした18mm×24mmです。ミラーの回転メカニズムをそのまま踏襲すると、ミラーの横幅は半分になるが、回転するミラーの長さは24mmのままで変わりません。フルサイズの短辺側24mmも画面サイズの小さいハーフサイズにとって、長辺側となり、長いミラーを回転させるので、レンズにぶつかってしまいます。

横に長いフルサイズに対し、ハーフサイズでは縦に長い画面になったことがすべての原因です。

縦に長い画面の宿命なのでこの解決策には苦労させられましたが、回転半径を短くするには、ハーフサイズの短辺側18mmを回転させるしかない。その場合はミラーを上下ではなく横に回転させることになります。しかし、このレイアウトでは35mm一眼レフの構造を根本から考え直さなくてはならなくなりました。

従来の35mm一眼レフでは、短辺側24mmを上下に回転するミラーでファインダー光を上に反射させ、ペンタプリズムを通して目に届かせていた。もし、ハーフサイズでミラーの短辺側18mmを回転させるとなると、その場合はミラーを横に跳ね上げることになる。したがって、横に跳ね上げるとなると、ファインダー光は横に反射するので、光を目に届かせるためには、ペンタプリズムは使えず、それにとって代わる光の流れを考えなくてはなりません。試行錯誤の末、ポロプリズムにたどり着き、横に反射する光を上部の接眼レンズにまで届かせることを実現し、ハーフサイズでもなんとか一眼レフファインダーが作れるようになりました。

こうして、次々と構想を展開するのですが、なかなか思いどおりにはいきません。ファインダーは解決してもシャッターがうまくいかない。従来のシャッターは使えません。従来のシャッターを使うと、撮影画面の片側(左)のみに大きくはみ出すポロプリズムでは、さらにその外にシャッター膜の巻軸を設けることになり、カメラはさらに大きくなってしまうからです。

このポロプリズムでは撮影画面の横に大きいプリズムスペースを必要とします。これではダメとか、こうしなければならないなど、次々と現れる技術的な壁を乗り越えるには大変時間を要しました。この横の大きいスペースを有効に利用するには、新しくロータリーシャッターを作る必要が出てきた。ペンタプリズムに取って代わるポロプリズムと新しいロータリーシャッターの組み合わせでまとめるしかないという考えにたどり着きました。

これら一連の発想の流れが、もし日程の決められた仕事をするにあたってのテーマだとすると、かなりプレッシャーになりますが、時間外の頭の体操となると難しいテーマも楽しいテーマに変わります。35mm一眼レフの発展型として少し小型になるくらいに軽く考えていたが、やってみると似て非なるもので根本から考え直さなくてはなりませんでした。これではダメとか、こうしなければならないなど、次々と現れる技術的な壁を乗り越えるには大変時間を要しました。これでやっとハーフサイズ一眼レフも作れるところまでたどり着きましたが、仕事を離れての余暇の構想はここまでです。図面を書くわけでもなく、商品化計画のないペンFの構想メモは机の引き出しにしまわれたままになっていました。

「ペンすなっぷめいさく展」の開催中、ユーザーから「こんなに良く写るなら、ハーフサイズの一眼レフが欲しい」という強い要望があり、設計部長からハーフサイズの一眼レフを作ってみないかという提案が出されました。それに即答して、かって引き出しにしまわれた構想メモのことを思い出し、取り出し説明しました。すると「面白い、すぐ取りかかるように」と即断されたのです。

そうした一連の出来事を通して考えてみると、仕事以外であっても興味の持ったテーマなどは余暇などを利用してやっておく必要があることを痛感したのです。

一眼レフの開発となると、もう、ひとりでというわけにはいきません。多くの技術者を集め、「ペン」としては初めての開発チーム作りがされました。

ポロプリズムとかロータリーシャッターというこれまでにないメカニズムの開発なので、すべてが基礎研究から始まりました。画面サイズが半分のハーフサイズなので、ファインダーに結像した映像も半分の大きさと小さくなります。このファインダーをいかに大きく見せるようにする接眼レンズ光学系の構成にも苦労しました。カメラとしては初めてのチタン薄膜を使うなど、高速秒時の確保にも苦労しました。一眼レフ独特の屋根型突起もなくなり、すっきりしたカメラになりました。これでやっと技術の壁を乗り越え、世界最初のハーフサイズ一眼レフが誕生したのです。

画面全体を覆うシャッター膜も回転させるとポロプリズムの裏側に収納できることがわかり、ロータリー・フォーカルプレーン・シャッターへと発想は展開していきました。ゆっくりシャッター膜が回っている分には、すごくスムーズで、構想上見事に解決したように思われた。しかし、シャッター膜は画面全体を一度に覆うほど大きいので、重くなり500分の1秒の高速で動かそうとすると大変です。いくらバネを強くしても折れてしまう。疲労破壊を起こす。それを直すと今度は羽がくしゃくしゃになってしまった。次から次へと、いろんな問題が浮上してきました。

まずは軽くするためにシャッターを鉄からアルミに。アルミでもダメだとなると、チタンに変えてなんとか解決しました。ほんとうに技術的な壁が次々に現れます。こうすればいいと思って努力すると、また目の前に次の技術的巨大な壁が現れます。ハーフの一眼レフカメラ「ペンF」の設計には、何度も壁が立ちはだかりました。これらは目に見える「技術の壁」にほかなりません。工場を含めた技術陣の総力をあげて、これらの壁に立ち向かって解決していったのです。

35mm一眼レフを原型に、その発展型で簡単に作れると思っていたが、ハーフサイズ一眼レフも根本から発想を変えなければなりません。その解決策にはすべてが特許になるほど重要で大きな壁ではあったが、技術陣の総力をあげてその見える壁を乗り越え、やっと世界初のハーフサイズ一眼レフ「ペンF」の誕生を見たのです。